小仲正克社長対談
日本香堂ホールディングス代表の小仲正克が、今、会いたい方を迎え、フラットな目線で香りの面白さや、より深い楽しみ方を対話で伝える新連載。
第1回目は日本の化粧品メーカーから海外の香料会社へ、そして今は株式会社セントスケープ・デザインスタジオの代表で、日本でフレグランスの学校も立ち上げられている小泉祐貴子さんの登場です。香料についてもマーケティングについても熟知され、まさに香りのプロフェッショナルである小泉さんに、小仲代表も聞きたいことがたくさんあるようです。
小仲 最初にお会いしたのは、小泉さんがフィルメニッヒという当時世界第2位のスイス系の香料会社にいらしたときでしたね。
それまではどういう経歴だったのですか。
小泉 私の社会人としてのスタートは株式会社資生堂からでした。資生堂では研究職をしておりました。学生時代は理系の研究者でしたので、その延長戦で就職したんです。
入社してからは香りを嗅いだときに人の身体がどんな反応を起こすかという研究をしていました。香りを嗅いだ時にストレス緩和効果があるのではという仮定からでしたね。小さい頃から香りは好きでしたが、そこから香りって面白いなと思い始めたんです。
小仲 部署としてはどういうところだったのですか。
小泉 本社付きのビューティーサイエンス研究所というところでした。とても自由な雰囲気で、いろんなテーマを提案して、所長がOKしてくだされば研究を進められるという良い環境でした。その後、日本と世界の香りの文化史を調査したり、化粧品の香りが、肌に塗ったときに効果感として影響があるのかなど、いろんなテーマで研究をさせていただきました。
香りを嗅いだとき、脳がどういう仕組みで認知するのかといった、MEG(脳磁波)を活用した研究もしましたね。
小仲 化粧品の処方作成というよりは、香りの研究だったのですね。
小泉 香りは面白い!と、どんどん思うようになっていったんです。それなら化粧品会社で香料を扱うよりも、香料会社で香りと24時間ずっと仕事として向き合えるようなことをやりたいなあと思い始めたんです。
ちょうどそこへ、フィルメニッヒというスイスに本社のある会社から「マーケティングをしませんか」というお話をいただきました。私は研究者だったのでマーケティングの知識は0だったのですが。「大丈夫だよ、君なら」と言われまして。言葉に騙されたわけではないけれど(笑)、信じてしまいました。じゃあやってみます!と、それで会社を移りました。
小仲 フィルメニッヒは、香料会社として世界的にトップクラスですからね。
小泉 はい。フィルメニッヒは名だたるメゾンの香水をつくる業界トップクラスのパフューマーを多く抱えています。
フレグランスの開発に関わるチームに所属しながら、日用品のメーカーさんに香りを提案して開発をしていくという仕事と、私自身は両方を引き受けておりました。ほとんどの日本では日用品には香りがついていますので、大きな市場なのです。
小仲 マーケティングというのは具体的にどのような仕事をするのですか。
小泉 トップメゾンにフレグランスを提案するためには、2年、3年先のトレンドを予測して、その時代の消費者たちが何を求めるかという価値観を分析していって、それを香りならどういうものになるかと落とし込んで提案する必要があります。それを専門に行うチームがあったのですが、私はアジアパシフィック地域をまとめていたこともあり、非常に面白かったですね。
小仲 未来の価値観を読むというのは、大変な仕事だと思いますが、確かに面白い。それを香りに落とし込むというのは非常に興味があります。
小泉 香りは我々の生活、暮らしと密着しているな、と。フレグランスをまとって出かけるだけではなくて、どんな香りが時代を反映するのだろうというのを考えるのが非常に面白くて。楽しくて。だんだんと、香りを一生の仕事としてできたらと思い始めました。
その後、会社にいながら、京都芸術大学の博士課程に入学し『匂いの風景論』という論文を書いて博士号をいただいたんですね。それで大学の仕事をしませんかというお話をいただいたのをきっかけに、フィルメニッヒを退職し、独立をしました。今はセントスケープ・デザインスタジオという会社の代表をしております。