小仲 資生堂、フィルメニッヒと、続けさまにトップメーカーに転職されたわけですが、小泉さんがいらした頃の資生堂はどんな感じでしたか。
小泉 私が入社したのは30年ぐらい前なので…
小仲 経済的には良い時代でしたよね。
小泉 正確に言うと20数年前ですが(笑)。化粧品業界では日本をリードしている会社でしたから、先進的なことをやっている自由な会社だったと思います。その後、資生堂もずいぶん変わってきたと聞きますが、少なくとも在籍中ははそう思っていました。 化粧品そのものを開発する人もいれば、それをどうお客様に伝え、届けるかを考える人たちもいて。私は後者におりましたが、本当に優秀な方達がたくさんいて、真面目に遅くまで仕事して頑張って、クリエイティビティの大切さを無くさないようにしようね、と理解している。すごくいい会社だったと思います。
小仲 転職するには惜しいような会社ですね。
小泉 はい。ただメインは化粧品なので。化粧品を通して価値を届けていくという仕事ですよね。私は化粧品というよりも、香りそのものが面白いなと思ってしまったことが転職につながったのですね。
小仲 フィルメニッヒはどんな会社という印象でしたか。
小泉 フィルメニッヒに入ってからは世界がガラッと変わりました。本社がスイスにあって、日本はグローバル拠点の一つに過ぎません。でも東京という場所はグローバルでも注目される都市で、東京で何が動いているのかは世界中が気にしている時代でもありました。日本からの発信自体が、「なんでもいいから発信してくれ」と言われるくらい注目されていたんです。そういう意味ではやりがいがありましたし、日本でのマーケッターは私一人。フィルメニッヒのお客様はグローバル企業ですので、世界の他の国の同じポジションで働いている人たちと電話、メールで繋がりながら、世界で何が起きているかをお客様に伝えなくてはならない。そのための情報収集の拠点でもあるし、世界のことを日本の方に伝える窓口でもある。日本に居ながらにして世界と繋がっているという実感があるのがおもしろかったです。
小仲 当時、日本の嗜好性…繊細さのようなものが注目されていた頃だったと思うんです。最先端、と言えたかどうかは分かりませんが。
その点で、最近では日本の嗜好性というのはどのように見られているんでしょうね。
小泉 そうですね。こんな例があります。
私の主宰している香りの学校「サンキエムソンス ジャポン」では、パリで作られた講座を日本の方々にそのままお届けしているのですが、そのテキストのなかで「マリンノートは日本人に好まれる」と、書いてあったりするんですね。
小仲 マリンノート? 日本でそんなに人気があるかな。それはちょっと意外な感じがしますね。
小泉 でしょう。日本のフレグランスブランドとして世界に名を知られるケンゾーやイッセイミヤケのフレグランスは確かにマリンノートがキーとなっているものが多く、世界から見ると、日本人はマリンノートを大事にしているようにとられているんです。
小仲 捉え方が違うんですね。
小泉 日本の中から見ているのと、一回外の視点から日本を見てみるのとは違いますね。
フィルメニッヒで日本の日用品の香りを開発をするときにも、日本らしく作られた香りがやっぱりうけていました。海外の人たちはそういう香りについて、ジャパナイズ、という言い方をしていました。
小仲 ジャパナイズ。やっぱり日本の嗜好性は独特なんですね。
小泉 香りの趣向は各国で少しずつ違うので。そういう意味ではどこの国も独特なんです。ただ日本はマーケットとして大きくて注目されているので「日本ってこうだよね」というのは世界の人も意識してくれていました。
小仲 最近、多くの外資系企業はアジアの拠点を日本からシンガポールなど、海外の別の国へと拠点が移っていっているように思います。
小泉 そうですね。でも今、日本のフレグランスマーケットはかつてないくらいに熱気がありますから、各ブランド、メーカーはもう一度日本に注目していると思います。先日、伊勢丹新宿本店の「サロン・ド・パルファン2023」というイベントがあり、私もサンキエムソンスのセミナーを2つ開催させていただきましたが、パフューマーたちを呼んでゲストトークをするというようなことを複数のブランドがしていて、すぐ満席になっていたようです。それだけ日本とつながることにメリットがあると、認識されてきている。これからまだまだやりようはあると思います。
小仲 マーケットの市場以上の価値。例えばそれは日本人の繊細な嗜好性だったり、歴史や文化というバックグラウンド、和食文化に代表されるように五感が研ぎ澄まされていること。そういったところが、注目されていくといいなと思いますね。
小泉 日本って、ありがたいことに「日本らしさ」という普遍的な価値があると思います。それはフレグランスの世界でも一つの価値になりますし、日本発信であること自体も価値になります。日本香堂で扱われているお香のスタイルを生活に取り入れることにも興味を持ってもらえるのではないでしょうか。
しかも今、woodの香り、木の香りがすごくトレンドになっているので、それをうまく繋げられたら面白いなと思います。