《2》
友里江とエリカは、外国人観光客向けの巨大なホテルで次の朝を迎えた。
「友里江さん、お風呂入りました?」
エリカは青白い顔で言った。
「入ったわよ。湯船がウィスキーの水割りの色だったけど」
「入ったんですか! チャレンジャーだなあ。私、シャワーにしました」
「結局、同じじゃないの」
「そうですけど」
朝食はバイキングになっていたが、カレーが12種類もあった。
ふたりは注意深く生野菜を避け、豆やほうれん草など、朝からカレーをいくつか選んだ。
「今日明日とデザイナーさんの取材をしたら、最後の日は街をあちこち回って、イメージカットを10くらい撮りましょうね」
「…楽しみですね」
エリカは気持ちの入らない声で言った。友里江は10歳も年下の彼女と仕事をし始めて2年になるが、出発した成田から、いつもとは違う何かを感じていた。どうも、昨日の税関事件のことだけではないようだ。
「エリカどうしたの?なんかあったでしょ」
「わかりますか」
「わかるよ、元気ないもん」
「… 友里江さん、わかっちゃうんだ」
ふう、とため息をついて、エリカは鎖骨を丸くした。
「彼氏とけんかしました」
「けんかくらい、仲直りすれば…」
「いや、もう、無理なんです。私が無理で。オーストラリアの人なんですけどね。国に一緒に帰ろうって言われて。あの、彼のことは好きなんですけど、家族のこととか、わからないじゃないですか。それにすごい田舎なんです。そこで何もしないで、主婦をして子どもを生んで、暮らしていく自信がなくて」
「…」
東京で、好きなことをして生きている彼女のその不安が、友里江にはわかる気がした。
「それは…けんかっていう問題じゃないね」
「でも彼はとっても優しいんですよね。今まで付き合った人のなかで、あんなに優しい人はいませんでした。ご飯作ってくれるし」
「ご飯作ってくれるんだ」
友里江はふっと目線を落として、思いきったように言った。
「私も、最近、ご飯作ってくれるような男の人と、別れたんだよ」。