《3》
40歳の友里江の恋はもう少し複雑だった。
冷めたマサラ・ティーをひと口飲むと、友里江はエリカに話し始めた。
「同い年でね。高校時代の同級生の紹介で一緒に飲んだところから始まったの」
外資証券会社に勤めるその男は、パリで弁護士をする妻がいたが、単身で日本に戻ってきていた。
「彼は言ったの。…彼女は一人っ子で、自分の両親とパリにいたい。自分も一人息子で横浜に母を一人残している。最近、心臓のカテーテル手術をしたりして弱っているから、そばにいてやりたい。… そんな話を正直にしてくれたわ」
付き合い始めると、旅取材が多い友里江と男は話題が合って、あっという間に互いの心の拠り所になった。
彼はよく美味しいものを作った。特に学生時代にイタリアンでバイトをしていたこともあり、スパゲティが絶品だった。バジリコも、ミートソースも。
「妻との間に子どもはいないから、いっそ子どもを作ってしまおうかなんてね。でもできなかった。そんなことを言いながら、クリスマスにパリから妻がやってくることになると、ヤツはそわそわし始めたの」
エリカは眉を少し寄せて、上目遣いに友里江を見た。
「それで、とらなかったんですか、彼のこと。」
友里江はティーカップを両手で包んで、きっぱりと言った。
「迷ってる人を、無理やり奪って、うまくいくはずがないわ」
大きなため息をついたのは、エリカのほうだった。
「その彼、ちょっと私に似てますね」
「…かなあ」
「迷う、って人を傷つけるんですね。何が一番大事なのか。誰が一番大事なのか。ブレちゃ、ダメだな」
エリカは自分に向けるように、強く言った。
そこへ、コーディネーターのガウリが二人を迎えにやってきた。
友里江とエリカは顔を見合わせて、お茶の残りを慌てて飲んで、立ち上がった。