1. HOME
  2. 連載読み切り短編小説『香りの記憶』
  3. 第6回『横顔だけのクリスマス』
    1. 小説
  • 連載読み切り短編小説『香りの記憶』
    第6回『横顔だけのクリスマス』

《3》

横顔だけのクリスマス③

 クリスマスセアンスが近づくと、料理クラブの希子たちは全校生徒分のジンジャークッキーを焼くことになっていた。甘くてスパイシーな香ばしい匂いが、調理室から廊下へとあふれていた。人型のクッキーを乾燥させ、ハトロン紙に包んで細い赤のリボンで結ぶ。そんな作業で遅くなった日、ふと隣の家庭科室を見ると、谷沢神父がアイロンがけをしていた。暖房の切れた部屋に、アイロンの湯気が白く見える。

「あの、何をなさっているんですか」
「ああ、聖歌隊のマントをね、きれいにしておこうと思いまして」
「そんなこと、神父様がなさるんですか。シスターが…」
「シスターは朗読隊のほうのをやってくださっているようです」
「…」

 押し付けられたのかもしれない、と希子は思った。

 オールバックの髪をグリースで固めた神父の横顔は、いつもよりちょっと悲しげに見えた。すぐそばに立つと、そのグリースの匂いがした。男の人の香りだ、と希子は思った。

「お手伝いします」と、言い終わらないうちにアイロンと台をもう一つ取り出し、生成り色に茶色のブレードがついたマントを1枚とって、希子はアイロンをかけ始めた。

「どうもありがとう。君の名前は」
「クマダノリコです」

 二人は20着あるマントにアイロンをかけながら、なんとなく話し始めた。希子は思わず、こんなことを聞いた。

「神父様って、結婚できないんですよね。恋愛したことは一度もなかったのですか」

 谷沢神父はアイロンをかけながら、人懐っこい細い目でにっこり笑った。

「学生時代に一度だけありますよ。でも彼女は、天に召されましたから」
「あ…」

 希子はあわててアイロンを置き、彼のほうを向いて、頭を下げた。
「ごめんなさい。余計なことを。そんな悲しいことが…」

 彼は相変わらずアイロンをかけながら、言った。

「天に召されることは、悲しいことではありません。もっともそれを理解するために、私は神様のもとで学び、祈ってきたのです」

 夕焼けのピンク色が窓の外に広がっていた。そのときの谷沢神父のリーゼントの横顔と、その窓の外のピンク色と、ジンジャークッキーの香りを、希子は今もはっきり思い出すことができる。

  1. 3/4

先週の人気記事

スペシャルムービー

最新記事

  • 青島広志さん

    更新日:2019年7月19日

  • 栗山廉さん

    更新日:2019年7月16日

  • スペシャル・インタビュー 第49回  熊谷真実さん

    更新日:2019年6月28日

  • スペシャル・インタビュー 第48回  森覚さん

    更新日:2019年6月25日

  • スペシャル・インタビュー 第47回 北京一さん

    更新日:2019年6月19日

  • 甘さの中に苦みを持った大人の香り – ライム

    更新日:2019年6月19日

  • スペシャル・インタビュー 第46回 矢沢透さん

    更新日:2019年6月14日

  • スペシャル・インタビュー 第45回 折原みとさん

    更新日:2019年6月11日

  • 長編小説第18話

    更新日:2019年6月6日

  • ジューンブライドに!ロマンティックな香り

    更新日:2019年6月4日

  • 世界最古のスパイスのひとつ–シナモン

    更新日:2019年5月30日

  • 「八十八夜」に楽しむお茶の香り

    更新日:2019年4月26日

  • スペシャル・インタビュー 第44回  ミック・イタヤさん

    更新日:2019年4月26日

  • 長編小説第17話

    更新日:2019年4月24日

  • 上品で濃厚な甘い香り-バニラ

    更新日:2019年4月22日

  • 「お香の日」って?

    更新日:2019年4月5日

  • 浄化の力を持つアロマ-ジュニパー

    更新日:2019年4月3日

  • スペシャル・インタビュー 第43回  山本容子さん

    更新日:2019年3月29日

  • スペシャル・インタビュー 第42回  波戸場承龍さん

    更新日:2019年3月27日