《3》
クリスマスセアンスが近づくと、料理クラブの希子たちは全校生徒分のジンジャークッキーを焼くことになっていた。甘くてスパイシーな香ばしい匂いが、調理室から廊下へとあふれていた。人型のクッキーを乾燥させ、ハトロン紙に包んで細い赤のリボンで結ぶ。そんな作業で遅くなった日、ふと隣の家庭科室を見ると、谷沢神父がアイロンがけをしていた。暖房の切れた部屋に、アイロンの湯気が白く見える。
「あの、何をなさっているんですか」
「ああ、聖歌隊のマントをね、きれいにしておこうと思いまして」
「そんなこと、神父様がなさるんですか。シスターが…」
「シスターは朗読隊のほうのをやってくださっているようです」
「…」
押し付けられたのかもしれない、と希子は思った。
オールバックの髪をグリースで固めた神父の横顔は、いつもよりちょっと悲しげに見えた。すぐそばに立つと、そのグリースの匂いがした。男の人の香りだ、と希子は思った。
「お手伝いします」と、言い終わらないうちにアイロンと台をもう一つ取り出し、生成り色に茶色のブレードがついたマントを1枚とって、希子はアイロンをかけ始めた。
「どうもありがとう。君の名前は」
「クマダノリコです」
二人は20着あるマントにアイロンをかけながら、なんとなく話し始めた。希子は思わず、こんなことを聞いた。
「神父様って、結婚できないんですよね。恋愛したことは一度もなかったのですか」
谷沢神父はアイロンをかけながら、人懐っこい細い目でにっこり笑った。
「学生時代に一度だけありますよ。でも彼女は、天に召されましたから」
「あ…」
希子はあわててアイロンを置き、彼のほうを向いて、頭を下げた。
「ごめんなさい。余計なことを。そんな悲しいことが…」
彼は相変わらずアイロンをかけながら、言った。
「天に召されることは、悲しいことではありません。もっともそれを理解するために、私は神様のもとで学び、祈ってきたのです」
夕焼けのピンク色が窓の外に広がっていた。そのときの谷沢神父のリーゼントの横顔と、その窓の外のピンク色と、ジンジャークッキーの香りを、希子は今もはっきり思い出すことができる。