《3》
赤坂にある小さな割烹のカウンターに、葉奈と父親は並んで座った。
まだ松の内とあって、和服姿の女将さんが水引のついた塗りの器でお屠蘇をすすめてくれる。
「あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします」
盃の酒をくいっと飲んで、父親は照れくさそうに言った。
「いい店やな」
葉奈は言い訳のように言った。
「得意先のアメリカ人が来たときに、上司と来たんさ。いつもはこういう店には来んよ」
厚さが2~3センチはありそうな手びねりの大皿に、とりどりの刺身が盛られてきた。きらきらした鯖の刺身。湯引きして皮がそそり立った鯛。艶やかに赤いまぐろ。酒は竹筒に入ったものに代わり、二人はかつて親子で食べたことのない贅沢な食事をしていた。
「会社は忙しいんやろ。おかあさんが言うとった」
母親はどこまで何をしゃべっているのだろう、と葉奈は考えた。夜中の会議はさておき、長いこと付き合っていた彼氏のこと、その彼と別れたことまで、父親に伝わっているのだろうか。
食事と酒が進んでも、会話は肝心の話にちっとも行き着かなかった。
「これはうまいこと焼いてあるな。松阪牛はうちの地元やけど、こんなにうまく焼いてある店はないな」
父親は上機嫌だった。デザートの小さなおしるこが出てくるときには、すっかり酔っ払っていた。
そして、意を決したように葉奈にこう言った。
「無理すんなよ。体調を壊してまで働いたらいかん」。