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    第7回『赤い実のなる木』

《4》

赤い実のなる木④

 葉奈は、うん、と頷いて、標準語になって話し始めた。

「おかあさんからなんか聞いたかもしれないけど、確かに仕事は大変よ。だけどね、気持ちよく働けるかどうかが、一番大事。私のチームはね、仕事は大変だけど、みんなとってもやさしい。私は英語ができて頼りにされているし、だからもっとできるようになろうと習いにもいける…」

 父親は黙って聞いていた。

「会社で企画書を書いてるときにね、小さく包んであるチョコレートとか口に入れて、そのゴミをデスクの左に置いてPC打ってたらね、上司がそーっと来て、そのゴミを捨ててくれたの。なんかね、年上の人がそんなことしてくれるって、すごいことでしょう。嫌な人がいないってすごいよ。気遣いあえるってすごい」

 葉奈は自分が父親にこんな話をするのは初めてだと気付きながら、少し酔った勢いで話した。

「結婚して孫の顔を見せたいと思うよ。でもそれは4年かかってダメだったり、今のところ、うまくいってないの。ごめんね。でも今、私、生きてるな、って思えるの。わりといい感じなの」

 父親はじっと目を閉じた。そして目を開くと笑いもせずに「行くか」と言った。
 葉奈は彼が自分の言葉を理解しなかったのだろうと思った。会計をさせまいと自分のカードを出し、先に外へ出ていてくれと促した。

 店はビルの2階だった。
 階段でよろよろと降りていくと、薄いグレーのマフラーに埋もれるような、父親の少し赤くなってほっこりした顔があった。

「ごちそうさま」

 父親は葉奈に頭を下げた。

「葉奈は一生懸命咲いとる。どんな色の実がつくかまでは、わしは知らんでええな」

「おとうさん…」

「そやけど、ほんとに、からだは大事にな」

 うん、と葉奈は自分の白いマフラーに顔を埋めて隠した。そこに、ゲッツキの匂いがした、気がした。

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作者プロフィール

森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。 92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら

挿絵プロフィール

オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。 主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。

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