《2》
「Hi」
その日の夕方、早速さっきの彼がやってきた。
名前は、と尋ねられ、「あみ」というと、彼はおおげさに両手を広げた。
「ともだち!」
そういえば、フランス語で「ami」は友達、という意味だと聞いたことがある。
亜未があなたは、と尋ねると、彼は「アデル」だと言った。
アデルは「何時に終わるのですか、終わったら飲みませんか」とゆっくりと英語で言った。
英語圏ではない者どうしの英語は、壊れ具合とスピードが丁度よい。
亜未のその日のバイトは18時までだった。が、夜は六本木の小さなライブハウスで学生時代からの仲間と演奏することになっていた。
そのことをややブロークンな英語で答えると、アデルはそのライブハウスへ行く、と言った。
ライブのお客になってくれるのなら大歓迎だ。亜未はその場所を教え、先にそこへ向かった。
ドラムのコウジとベースのユーヤは先に着いていた。
リハーサルは曲決めとそれぞれのソロの場所、そしてエンディングをどうするか、を話しながら、弾く。いつからだろう。「ま、そんな感じで」「適当に」という言葉が増えた。
いつものトリオは、気心も知れているが、刺激はあまりない。
「あのさ、今日、バイト先に来たフランス人が聴きにくるって」
亜未が言うと、ユウヤとコウジは顔を見合わせて「また始まった」という顔をした。ユウヤが尋ねた。
「亜未がナンパしたの」
「したのかな、されたのかな」
亜未が鼻歌まじりに言うと、コウジがにやにやしながら突っ込んだ。
「なにそれ、同時に落ちた、ってやつ」
「いや、そんなんじゃないよ」
亜未の頭にはラテンのフレーズが流れてきて「なんか久しぶりにラテンとかやる?」と、思わずユーヤに問いかけていた。
1st ステージにはアデルの姿はなかったが、2nd ステージの少し前にはやってきた。
亜未が弾くのを、彼はまるで子どもの発表会のようににこにこと見守っていた。
演奏が終わり「どうだった」と彼女が聞くと、彼は満足げに「funny」と言った。
亜未が顔をしかめると、今度は「wonderful」という言葉に変えた。
ライブが終わり、二人で飲みに行こうとすると、ユーヤは亜未に「不良外人には、気をつけろよ」と呆れたように言った。