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    第12回『李氏の庭』

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連載読み切り短編小説『香りの記憶』第12回『李氏の庭』

 結花は何を恥ずかしいと思うこともない自分が不思議だった。
 老医はやっと口を開いた。

「問題はないです。妊娠を望まれているなら、次回、ご主人もご一緒にいらしてください」

「…来ない、って言うんです」

 結花が強い口調で言うと、老医はゆっくりと立ち上がった。
 李先生、動くんだ、とそのとき初めて結花は思った。
 彼はゆっくり後ろ手を組んで、庭を見つめた。
 背を向けられた結花は仕方なく、老医と同じように庭を見た。
 ガラス越しに見る庭は、変わった様相だった。
 そしてそれは想像以上に広かった。
 真ん中に苔むした池があり、その向こうにおとな一人がやっと立てるくらいの大きさの赤いあずまやがしつらえられていた。
 木はいろいろ植えられていた。
 細い竹、葉が落ちているが柳だろうか。一番手前には白梅と紅梅が絡み合い、その奥には椿もあった。
 夏にはおそらく池の一部に、蓮も咲きそうだった。
 しばらく観ていて、結花はそれが中国式の庭園であることに気づいた。新婚旅行でシドニーに行ったとき、たまたま観た中国庭園を思い出したのだった。

「梅が香るんです」

 老医はそう言って、ガラス戸を押し、少し開けた。
 冷気と一緒に、本当に梅の香りがかすかに漂ってきた。桜とは違う、ほのかなほのかな香りだった。そうと言われなければ気づかないかのような。

「庭を観に来てもらってください。ご主人お一人でいいから。診察でなくていいから」

 ガラス戸は静かに閉められた。

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