フレグラボ|日本香堂

人と香りをつなぐwebマガジン

  1. HOME
  2. 連載読み切り短編小説『香りの記憶』
  3. 第12回『李氏の庭』
    1. 小説
  • 連載読み切り短編小説『香りの記憶』
    第12回『李氏の庭』

4

 それから「庭を観る」という目的で、克人は老医のもとを何度か訪れた。
 少しずつ、彼は変わっていった。それは他人にはわからない、結花と彼にしかわからない変化だった。
 二年後、二人の間に女の子が生まれた。
 病院から帰ってくる日も、寒い日だった。
 克人の車に、結花の母と、結花と、香衣と名付けられた娘が乗っていた。

「李先生に、香衣を抱いてもらわないとな」

 照れくさそうに克人が言った。

「ぐるっと回っていこうか」

「そうしよう」

 車をそこへと走らせて、克人は「あ」と小さく叫んだ。
 そこには、もはや人影はなく、建築が始まるという看板が下げられていたのだった。
 誰もいない建物は、冷え切って乾いたように見えた。
 あの李先生という老医がいたことも、派手な若い看護師がいたことも、夢のようだった。

「もう…辞められたのかな」

 呆然とハンドルを切れない克人を、結花は一瞬見つめて、白いおくるみに包まれた新しい命の頬に顔を寄せて言った。

「かもしれない」

「庭はどうなるんだろう」

 克人は、しばらくその場所を自分の脳裏に刻みつけるように見入った。
 ハンドルにもたれかかって。

「あそこで、教えてもらったよ。人が生まれて、死んで、を繰り返してきたこと。繰り返すなかにしか、永遠を感じられないこと」

 二人の脳裏に、あの老医の背中と、美しい庭が同じように浮かんだ。ほのかな香りを含んだ、冬の空気を感じたくて、克人は、窓を少し開けた。

  1. 4/4

作者プロフィール

森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら

挿絵プロフィール

mio.matsumoto
https://www.miomatsumoto.com/
英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)修士課程修了。
ロンドンでキャリアをスタートし、現在は東京を拠点に活動。
スタイリッシュでシンプルな表現を特徴とし、ファッションや広告、プロダクトなど多様な分野でビジュアル表現を手がける。
文学作品の装丁や挿絵も多く、谷崎潤一郎『鍵』、俵万智『サラダ記念日』、村上春樹『アフターダーク』海外版装丁などを担当。
英国出版社より著書『My Diary』を刊行。

  1. シェア
  2. LINEで送る

この記事の関連商品

  • かたりべ 白梅 バラ詰
  • 花風 白梅 バラ詰
  • ESTEBANフレグランスハンド&ネイルクリーム35g

スペシャルムービー

  • 花風PLATINA
    Blue Rose
    (ブルーローズ)

  • 日本香堂公式
    お香の楽しみ方

  • 日本香堂公式
    製品へのこだわり