それから「庭を観る」という目的で、克人は老医のもとを何度か訪れた。
少しずつ、彼は変わっていった。それは他人にはわからない、結花と彼にしかわからない変化だった。
二年後、二人の間に女の子が生まれた。
病院から帰ってくる日も、寒い日だった。
克人の車に、結花の母と、結花と、香衣と名付けられた娘が乗っていた。
「李先生に、香衣を抱いてもらわないとな」
照れくさそうに克人が言った。
「ぐるっと回っていこうか」
「そうしよう」
車をそこへと走らせて、克人は「あ」と小さく叫んだ。
そこには、もはや人影はなく、建築が始まるという看板が下げられていたのだった。
誰もいない建物は、冷え切って乾いたように見えた。
あの李先生という老医がいたことも、派手な若い看護師がいたことも、夢のようだった。
「もう…辞められたのかな」
呆然とハンドルを切れない克人を、結花は一瞬見つめて、白いおくるみに包まれた新しい命の頬に顔を寄せて言った。
「かもしれない」
「庭はどうなるんだろう」
克人は、しばらくその場所を自分の脳裏に刻みつけるように見入った。
ハンドルにもたれかかって。
「あそこで、教えてもらったよ。人が生まれて、死んで、を繰り返してきたこと。繰り返すなかにしか、永遠を感じられないこと」
二人の脳裏に、あの老医の背中と、美しい庭が同じように浮かんだ。ほのかな香りを含んだ、冬の空気を感じたくて、克人は、窓を少し開けた。
作者プロフィール
森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら。
挿絵プロフィール
mio.matsumoto
https://www.miomatsumoto.com/
英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)修士課程修了。
ロンドンでキャリアをスタートし、現在は東京を拠点に活動。
スタイリッシュでシンプルな表現を特徴とし、ファッションや広告、プロダクトなど多様な分野でビジュアル表現を手がける。
文学作品の装丁や挿絵も多く、谷崎潤一郎『鍵』、俵万智『サラダ記念日』、村上春樹『アフターダーク』海外版装丁などを担当。
英国出版社より著書『My Diary』を刊行。