「目から鱗」だった大江さんは早速、『Out of Chaos』、『GOOD MORNING』、『Juke Box Love Song』などの数曲を作り、彼に送りました。すると数分後に返事が来て、「全曲すごい!リターントウーフォーエバーを彷彿させる。」と言う内容だったので、「よし」と勢いづいて、短いモチーフのような曲をどんどん貯めていきました。
自宅の部屋の好きなコーナーにパソコンとキーボードを繋いで持って行って、好きなだけ飽きるまで正解のフレーズが出るまでやり続ける時間だったそうです。
「今回の曲作りは初めてコードも譜面も書かずメロディはもちろん全く未定で。ただPCの音楽ソフトのロジックにあるリズムトラックの音源で気分に合うものを組み合わせて8小節とかループを作る。何度もそれを繰り返してその上にコードを載せる。最後にメロディを作って全体像をつかむ。この繰り返しでした。で、よければそれをコピペして増やしてゆく。(笑)ただし、『世界が口ずさむジャズ』、と言うコンセプトで作りました。こんな時だからこそ。」
そんな「宅録ジャズ」は、千里さんが話す制作風景が想像できないほど聴いている私たちにはゴージャスな音に仕上がっているように聴こえます。
こんなこともあったそう。サンプリング音源ではホーンセクションがやはり弱いと感じたので、誰かミュージシャンに家で吹いてもらった音源を送ってもらい、それだけ生を使うというアイデアも提案したそうです。
「でもニューヨークの制作チームに『それはどうでしょう。せっかく全部を1人でやってるからこそ生まれているグルーヴが今回のアルバムの美学なんですよ。』と言われ、それは確かにそうだなと思い直しました。ジャズでこんな作り方のアルバムはあまりないから、とことん一人でやってみるかと。パンデミックの毎日に冷蔵庫を開けて少ない素材で健康に良くて味もそこそこいける食事を捻出するように、あるものを最大限活用して手作りで出てきた音楽は意外にも明るく楽しく逞しい、パンデミックジャズだったんですよ!」
アルバム『Letter to N.Y.』の最後に収められている曲、『Togetherness』は、AP通信が選ぶパンデミック中に発表された音楽のベスト40に選ばれました。
「これは驚いたし嬉しかったですね。誰も聴いていないわけじゃないんだ。こうやって発見してくれる。伝わってるんだって。この世界的なパンデミックによってそれ以前の様々なコンセプトが崩れたんですね。ステイホームで奪われたそれまでの人生の代名詞だった『旅』を家にいて想像力を使って時代をまたいでみようと。今は亡きレジェンド・ジャズアーティストたちとの想像上の邂逅とセッション。マイルス・デイビスに会ったりジャコパストリアスに褒められたり(笑)転んでもタダでは起き上がらない。マイナスをプラスに反転させて、今までになかったコンセプトを作り出す。」