浅葉さんは、書についても造詣を深め、今も毎日筆を持って半紙に向かっています。
「筆を持たないと忘れますからね。今は『多宝塔碑』の原本を横に置いて、1日1枚は書いています。徹夜してでもね。昔は10枚くらい書いてたんですけどね」
『多宝塔碑』は、顔真卿の手になるもので、楷書の基本と言われています。様々な書体を自在に操る浅葉さんに「なぜ楷書ですか」と、尋ねると、静かな答えが返って来ました。
「基本だからね」
お香をたき、毎日、基本に返って、筆を持つ。世界中を駆け巡り、様々なデザインや創造を生み出す源はここにあるのかもしれません。
もう一つ、浅葉さんが毎日続けていることに、日記があります。
「小学生の頃からずっと、毎日書いているんです。それもずっと残しています」
9月6日から10月5日まで東京造形大学で開催される「天国と地獄。浅葉克己展」にはその日記の一部も展示されます。
この展覧会は、浅葉克己さんの仕事の集大成とも言えるものとなりそう。
俳人の榎本バソン了壱さんがこの展覧会のテーマとして掲げた句は「圖の密林 ヘビーな仕事の 探検家」。
「天国っていうのはお花畑で何もないんだけどね。地獄は閻魔大王もいるし、閻魔帳には今までしてきた悪いことが全部書いてあるから。まあ、集大成になるんだろうね。若い学生に見てもらえたらいいなと思ってね」
ポスターでは「ヘビーな仕事」にひっかけて、首に本物のニシキヘビを巻きつけてしまいました。
「名古屋のヘビでね。僕だけ本物と撮ってもらいました」
この精神。破天荒さ。大学や桑沢デザイン研究所で学生さんたちを教える浅葉さんの目には、今の学生は大人しく見えるようです。
「若い人、何を考えてるのか、わかんないね。昔はわかってたんだけど。喋らないし、おとなしいし。マスクしていて発声しないからどんどん声が小さくなっている気がする。喋れなくなっちゃうよ。喋れなくなったら死んじゃうよ。第二次世界大戦の時のガダルカナルあたりで残っている手記によると、戦争で2日黙ってる人は死ぬらしいよ」
コロナ禍のマスク生活で、若い人だけではなく、ほぼ全員が喋ることが少なくなっています。人としての体温や感情を呼び覚ますためにも「天国と地獄。浅葉克己展」は観に行った方が良さそうです。