今道さんの仕事は早朝の花選びから始まっている。
「今通っている世田谷市場は、4時前には開店するので、5時に行ったら目当ての花が残っていなかったりします。今は長年、お付き合いもあるので、オーダーができて一番いいものを仕入れさせてもらえるようになりました。オーダーしてあるから遅く行ってもいいんだけど、やっぱり時間に行って選ぶのも大事だから、できるだけ早めに行くようにしています」
ロンドン時代の花の買い付けから数えれば、32年。おそらく彼女はかなり目利きになっているのでしょう。
「毎年、これを撮りたいという珍しい花が出てくるんです。育種の技術を持った人や、生産者の方々と長くつながっていますから、誰が作っているか花を見たら大体わかりますし、そういう方々へのリスペクトもあります。私は生徒さんたちにそういうストーリーを話す役目でもあるんだと思うのです」
日本三大薔薇王子の堀木拓哉さんが作る薔薇も、今道さんのブログで一般の人にも多く知られるところとなりました。
「くすんだピンクの薔薇を最初に作ったのが堀木さん。それまでのマーケットにないものを作るのは不安もあっただろうけれど、今や大人気で奪い合いになっています」
それをどんな光でどう撮るのか。今道さんの写真は花たちが晴れの舞台で️満面の笑みを湛えているようなのです。
これまで写真展を何度かやってきた今道さんですが、今回の『THE LIVING PHOTO』にはかつてないこだわりがありました。
「最初はweb上のものでもいいかな、と思っていたのは確かです。見てもらうのはInstagramやFacebookでいいかと。でも、生きてきたことをちゃんと残すのに、それだけじゃ違うような気がしてきたんです。やっぱりプリントしたい。でも今までの写真展はプリントと展示のやり方に心残りがありました。もっとちゃんとプロデュースしたい。それで、とことんこだわった展示を企画しました。テーマは、これまで来てくださった生徒さんたちと共有した楽しい時間への感謝です」
場所はNikonギャラリーが提供してくれることに。今道さんはプリントにもこだわりたいと考えました。
「Nikonの偉い方に相談したら、清澄白河にあるアトリエマツダイラの松平光弘さんを紹介してくださったのです。本当に松平家の縁の方で、物腰柔らかなお殿様のような方。クオリティを極限まで高めたプリントを教えていただきました。3分の2は教えを乞うて自分でプリントし、モノクロームの写真は松平さんご自身にお願いして、素晴らしいものになりました」。
写真を撮る上でもう一つ、今道さんはここ数年、考え続けていたことがありました。
「教える、ということとは別の次元の話ですが、写真をアートに高めるにはどうしたらいいのか。それを考え続けて、絵画の歴史、写真の歴史を勉強しています。いいな、と思う作品の作者は死んでしまっていたりしても、なお惹きつける何かが残っている。クラシック音楽も、再現されるとまた心を動かされる。私も還暦まで生きてきて、1枚でも2枚でも『私を残せる写真』を撮ってみたいと思うようになりました」
彼女はそれを松平氏に訴えました。
「松平さんに『100年残せるようにしたい』と言いました。それで、紙やインクを一つずつ選んでいったのです。費用はゴージャスな海外旅行に行けるくらいかかりましたけど、後悔はないです」
技術と感性。両方を磨き続けることに果てはありません。
「バージョンアップしないと人の心はつなぎ止められない。その方向性は2つあって、一つはテクノロジー。プリンタを使って出力するのも技術ですからね。もう一つは芸術の中にあるものを読み解くこと。写真は静物画に近いと思います。でも宗教画や歴史画に比べ、静物画には物語性が少なく、精神性と結びつきにくい。そこで、花そのものに物語を求めていくのが必要かもと考ええるようになりました」
例えば、ヤグルマギク。
「ネアンデルタール人の遺骨とともに大量のヤグルマギクが発見されているんです。花に人が集まってくる。いったい誰がいつから花を手向け始めたのかと思っていたけれど、そんな頃からですよ。花を手向けたいと思う、それは本能にとても近いところにあるのかもしれません。本能とまで言えなくても、そんな人類が始まった頃から、遺伝子に刻み込まれているのですよね。今、私たちはお金を出してでも花を欲しいと思うんですものね。そういう話を生徒さんともしています。始めた頃は、ファッションとしておしゃれに花を見せるのが私の役目かと思っていたけれど、もっと深いものを伝えられないかと。この頃はそんなふうに思っています」。