それからの及川眠子さんの作詞家としての活躍は枚挙にいとまがありません。Winkの『愛が止まらない〜TURN IT INTO LOVE』は日本有線大賞上半期グランプリ、『淋しい熱帯魚』では日本レコード大賞を受賞。
「あの頃は、WinkもCoCoも本人たちを全然知らずに『よろしくお願いします』っていう感じでした。だからあとは勘なんですよね。『及川さんは意地が悪い。よくこんな言葉を歌わせますね』と言われたこともありますが、意地悪も自虐も歌詞には必要だと思います。他の作詞家は想像でしか書かないという人もいますけれど、結局、自分の体験や想いにない言葉は出てこないんです。どんなに書いても癖や本質は出てくるものなんですよ。それを相手に合わせて出していくのです」
「心の機微、深い想いを書ける人」というのが世間に知れ渡っていくにつれ、そういう発注が増えていったようです。
「演歌以外の情念系とか、書ける人があまりいないみたいなんですね。重たい言葉を、哲学っぽい歌詞を、とかそういう発注が多いです。私は『空色のリボンで恋を結んで』みたいな詞もめちゃ得意なんですけど、誰も頼んでくれません(笑)」
とはいえ、歌い手が気持ちよくなる言葉、可愛く見える言葉と、細かい心配りが。
「たとえば『残酷な天使のテーゼ』は、歌詞の意味が分からなくても、歌い終わったときに気持ちがいい歌なんです。2コーラス目の終わりに間奏がなく、間髪入れずに『人は愛の』というCメロに入る。そしてラストは『神話になる』ではなく『神話でなれ』と、エ音で終わる。それは歌い手が気持ちいい音なんです。対してアイドルがうたう『あなたいじわるー』という言葉は、『るぅー』というウ音で伸ばすのが可愛い。『あなた素敵ねー』では売れない。発音ってすごく大事なんです」
書くときは細かく細かく思い入れますが、及川さんは世に出たものには思い入れないと言います。
「世に出たものはもう歌い手のもの。替え歌にしたいとかいう話が来ても、どうぞ、と言います」
それにしても、歌謡曲、ポップス、アイドル、ロック、アニソン、CM、ミュージカル…こんなにさまざまな歌詞を書ける人は本当にいないのです。
「ど演歌とラップだけはやっていないですね。お作法が違うから」。