芳村さんは子どもの頃から、香りの魅力に気づいていました。
「母が小唄の先生をしていたので、いつも和服姿で、いい香りがしていました。私も三味線を習っていたのです。『伽羅の香り』という小唄があってね。『伽羅の香りとあの君様は、幾夜泊めても止め飽かぬ。寝ても覚めても忘れられぬ』。詞の意味がわからないのに、子ども心に「色っぽい唄だな」と思って。でも母に「伽羅の香り、教えて」って言ったらね、「いいわよ」なんて、一曲覚えました」
着物にたきしめられた伽羅の香り。なんとも艶っぽいものです。日本だけではなく、欧米への出張もたくさんあった芳村さんは、海外へ行くたびに、さらに香りへの造詣を深くしていきました。
「カンヌ映画祭に行って、現地のホテルに入ったときの香りは今でも思い出すと胸がキュンとします。いわゆるエスプレッソ・コーヒーの匂いと、香水の匂いと、葉巻の匂い。それらが混じり合って漂っていたのです。そうするとね、ああ、ヨーロッパに来た、大人のいい男や女がいるところに来た、と思ったものです」
それは日本のホテルにはない、独特の香りでした。
「いいものですよね。日本のホテルではあんまりないのね。やっぱりあれは、空気の乾燥しているフランスの、海の近くの街ならではのものなのでしょう。だから、同じような匂いかぐと、ふっと思い出すの。だから、香りというのは、その時間、空間をぱっと思い出させるわよね」
記憶と香りはやはり結びついているのでしょうか。芳村さんはそんな経験を重ねるうちに、香りを欠かさない人になっていきました。
「おしゃれとかエレガンスを語る上で、香りは欠かせないものですよ。最終的な仕上げとして、香りがなければ、成り立たないと言っていいと思う。その香りは自分を表現する、自分にぴったりなものでなくてはなりません。それを見つけるまでが大変よね。好きな香りはあるかもしれませんが、それが自分に合っているかどうかというのは、また別です。パートナーや周囲の人、大事な友達の意見も聴きながら、見つけていきましょう。それは時とともに変わっていくかもしれません。でも『明日の私の香り』を探し続ける習慣も、きっとあなたを美しく磨いていくと思いますよ」。
とりわけ人と話すとき、芳村さんほど人懐っこく美しい人はいないでしょう。立ち去る後ろ姿にも、ふわっとやさしい香りがしました。
芳村真理(よしむら・まり) プロフィール
1935年東京都生まれ。人気ファッションモデルとして、各デザイナーのショーや「週刊朝日」をはじめとする雑誌等の表紙グラビア(カバーガール)を飾るなどの活躍を見せる。その後、「ザ・ヒットパレード」「小川宏ショー」「夜のヒットスタジオ」「3時のあなた」「料理天国」など、テレビの黄金時代を代表する数々の番組の司会を務める。現在は、NPO法人MORI MORIネットワークの副代表理事として、環境問題を抱える海外の国への視察訪問や植林啓発活動に関わっている。
『一生、美しく。~今から始める50の美習慣』
82歳にしてなお美しさと明るさを保つ芳村さんが今まで心がけてきた習慣。誰にでもできるちょっとしたクセをわかりやすく解説。すぐに使えて納得できる結果が出る一冊です。
芳村真理・著 / 朝日新聞出版
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 家老芳美