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    第221回:水野仁輔さん(カレー研究家)

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《2》カレーのオープンソース化。レシピはどんどん公開してしまう

 1999年、会社員をするかたわら、カレーの出張料理のイベントを始めた水野さん。

「広告の仕事でしたから、割と自由があったんですね。それで、年に2〜3冊本を出しながら、出張料理のイベントをしていました。僕の仕事が世の中に認知され始めたのは、2010年に出した『かんたん、本格! スパイスカレー 3つのスパイスからスタート。』という本を出版した頃からでしょうね」

 カレーはルーで作るものだった時代に、スパイスで作ろうという画期的な提案でした。

「『今までにない言葉で伝わるのか』と版元でも議論になったようですが、今までになかったからこそ一大ブームになったのでしょう。『今までにないことをやる』のは、僕のポリシーの一つです」

 確かに水野さんは、カレー料理を作り続けているのですが、カレーレストランをやっているわけではありません。でも、生業は「カレー」なのです。
 自分で見つけたスパイスの配合をどう世の中に伝えていくのか。それはイベントと、2016年に開始したスパイスとレシピを宅配する『AIR SPICE』というサービスです。

「今、ちょうど100号なんです。毎月、新しい配合のスパイスをお届けするサブスクリプション形式です。レシピ本では、なるべく少ない種類のスパイスで作れるようにと考えていますが、自分がいざ作るとなると、あれもこれも使いたい。それをレシピに書くと『そのスパイスはどこで売ってるんですか』ということになる。買ってきて『使った後、余って困ります』ということになる。そうしたら、自分が使いたいようなマニアックなやつは使い切りでセットにしたらいいんじゃないかと思って始めたんです。すべての商品に、スパイスは10種類入っています。ホールの状態と粉の状態で、合わせて10種類。そして何がどれくらい入っているか、スパイスの配合レシピを明記しています」

 明記してしまったら、次から買わなくなるんじゃないかという心配に、水野さんはニコニコと首を振ります。

「それでまた自分で作ってくれて、もっとこれを入れたら美味しかったとか、アレンジの余地を残せるでしょう。そしてそのアレンジの情報を発信してくださったら、その方が面白いじゃないですか。ライバル企業もカレー屋さんも真似しますよ。コロナ禍でスパイスセットを売る人も増えた。『水野さん、どんなふうにしてやってるんですか』と聞かれたら、僕はやり方を全部教えてきました。自分がこの世界で見つけた新しい手法とか配合とか、もうどんどん使ってもらいたいんです。これをカレーのオープンソース化、と呼んでいます」

 また、人気商品をもう一度作ることもしません。

「よく52号のカレーが忘れられないから再発してくれませんか、と言われたりするんですが、それはもう作りません。僕の中ではもう通り過ぎたやつだから、次のを作らせてと。僕は次へ行きたいから、もし『スパイスカレーは実は俺が考えたんだ』という人が現れたら、その人でいいです(笑)」。

スパイスとレシピを宅配する『AIR SPICE』

《3》タイ人だけは『石臼じゃないとこの香りは出ない』と言う

 昨年は『ハーブカレー』(家の光協会)というレシピ本を出版、発売後すぐに増刷されるヒットになりました。

「誰もやっていないものをやるのが楽しいんですよ。みんなが盛り上がってくると、冷めてくる。コロナが始まって、みんながスパイスカレーと言い始めたときに、なんか次のやつないかな、と探したのが、ハーブだったんです。本を発売して1週間ぐらいで増刷が決まって、そんなに急に売れるとは思っていなかったので、テンション下がっちゃったんですけど(笑)。版元は『第2弾を出しましょう』というんですが、ちょっといったん、置いておこうかなと」

 そもそも、インドとインド周辺国にカレーを探しに行っていた水野さん。ハーブカレーのヒントになったのは、タイのカレーでした。

「ここ10年ぐらいは、インドとその周辺、ネパール、スリランカ、パキスタン、バングラデシュというあたりをうろうろしていました。ところがあるとき、突然、タイが面白いな、と。それはハーブがきっかけだったんです。それで、タイに結構行き始めた。フレッシュなハーブの香りというのが最初のイメージでした。ところが、本質的な香りの魅力は石臼で叩く、ということが大きいんじゃないかと感じたんです」

 タイ料理では、その石臼が大活躍します。石をくり抜いた重たい石臼にハーブやホールスパイスをのせ、また石の棒で潰していくのです。

「石臼で叩くことで生まれる香り。これがハーブであるということよりも、叩くことで生まれる香りは、インドとその周辺諸国では出合ったことがなかったんです。インドとその周辺では、乾いたスパイスと油でつくっていくカレーが旨い。それが『スパイスカレー』の原点なんですけど、タイはフレッシュなハーブを使います。ドライ&スパイスと、フレッシュ&ハーブという対立軸が僕の中にできて、それで『ハーブカレー』だったんですが。生姜、玉ねぎ、にんにく、生の唐辛子も石臼で叩くわけです。これが、包丁で切るのと香りが全然違うんです」

 素材そのもの以上に「石臼で叩く」という調理方法の凄さ。

「ステージで言うと、スパイス期が長かったんですけど、一瞬ハーブ期が来て、今は完全に石臼期なんです!おそらくはもっとも原始的な調理器具の一つだと思うんです。石と石でものを潰す。食べやすいサイズにしたり、香りを立てたりする。おそらく世界中で、石器がない頃から、その辺の石と石でやっていたことだと思うんですよ」

 その後、興味を持って情報を集めると、石臼文化は世界中にあることがわかりました。

「インド周辺も、昔はみんな石臼で潰していて、今も田舎に行くとあると。あとは東南アジア、それから先日行ってきた南米のペルーとか、メキシコとか。メキシコのサルサソースも、昔は石臼で叩いていたそうなんです。市内のタコス屋さんは、電動ミキサーでわーっと回してつくっているけれど、市場にいくと、まだ石臼だったりする。イタリアのジェノベーゼ、中国の唐辛子、全部石臼で叩いていた。だけど、電動ミキサーが開発されて、世界中がそっちへシフトしちゃったんでしょうね。ところが、タイ人だけは『石臼じゃないとこの香りは出ない』って言うんですよ」

 実際に石臼を使ってみると、その「石臼ならではの香り」が感じられました。

「石臼だと、やっぱり香りがいいんですよ。ミキサーはやっぱり金属の刃で切っているし、すりおろしという手法もあるけれど、石臼で叩く香りには勝てない。使い勝手の悪さ、重さ、洗う面倒くささで、多分、失われつつあるんですけど。多分、フィルムカメラやアナログレコードのように無くなっていくんだろうけど、それでないと出ない色、出ない音というように、一部の人の間で『石臼でなければ出せない香り』が大事にされていくんじゃないかと」。

『ハーブカレー』(家の光協会)というレシピ本

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