この『若村麻由美の劇世界』の古典の演目は、演出家の笠井賢一さんと打ち合わせつつ、決めているそうです。
若村さんは『源氏物語』も、過去に原文と出会っていました。
「以前、『劇世界』ではなく、愛知県の能楽堂で、原文の『源氏物語』を語らせていただいたことがあるんです。『浮舟』の巻だったんですが、これが日本語って時代時代でこんなに変わったのというくらい、難しくて。まず主語が書かれていないんですね。私が一人で語る場合、誰が喋っているのかわからないという問題がありました。源氏物語をよく知っている人はいいのですが、知らない人は外国語劇を観にきたような感じ。それなりにまた音の響きの美しさはあるとは思いますが、私にとっては、原文の源氏物語は二度と手を出してはいけないなあと」
ということで、今回は原文ではなさそう。
「笠井さんの書下ろしで原文ではないので、これまでの『劇世界』と比較しても、一番わかりやすい言葉になっていると思います」
この劇は、若村さんが光源氏が愛した六条御息所と、娘の秋好中宮の二役を。そして岡本圭人さんが光源氏に扮します。
六条御息所は、高貴な身分でありながら未亡人となった、教養も美意識も人並外れた誇り高き美しい女性。光源氏の熱烈ラブコールを拒み続けますが、結ばれたのちは光源氏の移り気に苦しみ続け、嫉妬の念はいつしか光源氏を取り巻く女性たちを次々と死に追いやってしまいます。
さてそんな女性を、若村さんはどのように演じるのでしょう。
「構成としては、前半と後半に分かれていて、前半は娘である秋好中宮が自分の亡き母、六条御息所を想います。母はいろいろと苦しんできたけれど、私は今、とても幸せに暮らしている。母の胸の内はいかがなものだったろうか、と想いやります。後半は亡霊となった六条御息所が語り始めます」
世阿弥が完成した夢幻能には、さまよえる魂が現れ無念を語りあかし、魂を鎮めて帰る。というような物語がいくつもあります。
まさに能舞台で演じられるのに相応しい演出と言えるでしょう。演出家の笠井さんは、能の作品を多く手がけられているそうですから、この舞台にも幽玄の世界が浮かび上がることでしょう。
「『源氏物語』のなかで、女性の情念や執心、凄みのようなものを六条御息所が一身に背負わされているわけですから。光源氏が愛した女性が死ぬときには、必ず彼女の影があるんですよね。でも彼女は自身がそんなことになっているとは思っていない。勝手に魂が抜け出てしまっているんだから。そこがこの物語の「あこがれいづる魂」なのです。それぐらい、人間って自分の意志や意識みたいなものでは計り知れない何かがあるのだということですよね。昔から日本には”以心伝心”という言葉もある。最後にその魂が鎮まるようにもっていけたらいいなとは思います。ただ、成仏しました、救われました、みたいな言葉は一切ないので、観ていただく方に感じていただくことになるでしょうね」。