平原綾香さん、大黒摩季さん、岩崎宏美さんのような有名ポップスシンガーから、高嶋ちさ子さん、石丸幹二さんのようなクラシックの演奏家、水谷八重子さんのような大御所女優まで。あるときはチェロで、あるときはギターで、サウンドをアレンジしながら完璧にサポートする。そんなことができる人は、この人をおいていない。伊藤ハルトシさんは、チェリストとギタリストの両方でプロとして大活躍する、世界でも稀有な演奏家なのだ。
伊藤ハルトシ。これほど忙しい演奏家もなかなかいない。今日は大黒摩季さんのツアーを福岡でサポートしていたかと思えば、2日後には東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールで平原綾香さんのコンサートに出演。しかもそんな有名ポップスシンガーだけではなく、ジャンルを超えて、クラシック、ボサノヴァ、ジャズとなんでも弾く。しかも、チェロとギターの二刀流だ。
「順番からいうと、最初はチェロで、その後、ギターを手にしました。もちろん、どちらかにシフトしていく人が多いと思うのですが、チェロを弾くのもすごく好きだったし、オファーもいただくので、やめるという選択肢はなかったんです。二刀流でやっていこうというよりは、別々の科目をやっている感じでした」
至って謙虚で、物腰の柔らかい話しぶり。
父親の仕事でオーストラリアにいた3歳のとき、チェロを始めた。
「3歳から小6までオーストラリアにいました。4歳上の姉がバイオリンをやっていて、先生が『同じ楽器だと競争になってしまうかもしれないから、アンサンブルで一緒に演奏できるほうがいいよね』と。最初は本当に習い事として週に1回、通っていました」
1980年代後半。当時、オーストラリアに「スズキメソッド」の日本人の先生もいたそうだ。素直な伊藤さんは、弾くことを自然に生活の一部としていった。
「好きとか嫌いという以前に、食べる、寝る、チェロを弾く、という生活を楽しんでいました」
伊藤さんの父親は会社員だったが、人並み以上のクラシック通で、現地の日本人向けの新聞に、連載コラムをもっていたほどだった。
「父は『モーツァルトとは』とか『バッハとは』と、語れる人ではありました。母は専業主婦ですが、やはり音楽が大好きだった。『お金で買えない財産をもってほしいから』と、姉と僕に音楽を与えてくれたんです」
4歳上のお姉様、伊藤マレーネさんは、現在ベルリンフィルの第二バイオリン首席奏者として活躍されている。
「当時から姉はコツコツ努力した人。子どもの頃の僕はサッカーや外での遊びにも興味があって、練習はそんなに好きじゃなかった。とにかく比べられますからね。先に評価されるのは姉でした。それで、僕は自分の道を見つけなくちゃと、中学生の頃からギターを始めたんです。これでやっていくぞという志が固まった」。