発想だけではなく、それを実現していく力。実現するために、素材を学び、情報を集め、人を説得し、さまざまな能力を束ねていく。建築家の仕事は本当にさまざまな才能がいる。
永山祐子さんの初めての自叙伝『建築というきっかけ』(集英社新書)を読むと、彼女が生い立ちで得てきたすべてがその建築に生きているということがわかる。
例えば、学生時代、アブダビに旅行して、現地の生活文化を体験していたり、田中泯氏が主宰する「アートキャンプ白州」に参加したりしている。
「大学3年生のときです。現実の建築は、課題に取り組むようなスピードでは進まないことが気になってきました。実際の建築はアイデアを出してから建物が建つまでに1年、2年と時間がかかります。だとしたら、出来上がった時には過去の自分と現在の自分が考えたことがズレてしまっているんじゃないかと。それで、その瞬間、その瞬間を空間で表現できる演劇やダンスなどのパフォーミングアーツの舞台装置が気になった。そこへ知人から『アートキャンプ白州』のことを教えてもらったんです」
「アートキャンプ白州」は世界中からアーティストや志をもった学生たちが集まる。彼女と同世代だと、彫刻家の名和晃平もこの場を体験している。
「面白い人たちが集まり、刺激的な舞台が繰り広げられていました。私たちは、農場のビニールハウスの中で徹夜で巨大な和紙を作りました。それを野外の土の舞台で、クレーンで吊って、森から運んで、泳がせるという演出です。泯さんは予定調和が嫌いだから、何かするだろうと。舞台監督が『燃やすかもしれないから水を用意しとけ』とコソコソ言ってて。それでやっぱり燃やしちゃった。そういう、大人たちが本気で自由にやっているのを見られたのは、本当に良かったし、私たちもそういうものを次の時代に見せなくてはいけないという気持ちがあります。そしてそれが、万博なんじゃないかと思うんです。失敗するかしないかわからないけど、本気で挑戦しているということを見てもらいたい。大きなことをやれば賛否は出ます。でもそこでやめちゃうのか、やり遂げるのか、そこは大きな違いだと思います」
永山さんは二人の子どもを育てている。子育てのなかでも「何か言われちゃうからやめておく」という世の中の空気に違和感をもつ。
「失敗してでもやってみよう、トライしてみよう、みたいな気持ちがないと、次に進めないと思うんですよ。公園に行っても、リスクヘッジ、禁止事項ばかりで、遊具がどんどん置き換わっていく。安全すぎるものって、子供にとってはつまらないんです。つまらないから公園には行かないでゲームをしている。そういう世の中で育っていく子どもたちが心配です」

風潮や、その場の空気が、細胞レベルで人間に染み込んでいく。建築も、おそらくそこにいる人間を変えていく力をもっている。
「本当に名作と言われる建築を見ると、そこに流れている空気が違う。それを体験すること、その体験がずっと記憶に残っていくことはすごく大事だと思います。私もそういうふうに、誰かに記憶を残せるような場をつくれたらすごくいいなと思う。建築に触れ合わない人はいないので、すごく重要な役割だと思っています」
子どもの頃、父親の仕事でスイスにいた。そこで触れたのは建築よりも大自然の豊かさ。建築に興味をもち始め、改めてヨーロッパに行ったときに、衝撃を受けた。
「大学に入った頃ですね。ヨーロッパの教会に入ったときの、空間の切り替えと演出のすごさに驚きました。入るといきなり暗くて、ステンドグラスのバラ窓が目に入る。西洋建築は教会から始まっていて、神をどう感じさせるかなんですね。パワー、権力が建築と結びついていた。一方で、日本はどちらかというと自然と結びついている。いきなり切り替えるというよりは、グラデーションになっていて、白と黒の間にグレーの空間がある。柔らかく、外と中は地続きなんだと感じさせるんです。断絶と一心。その国のもっている自然観と建築はそのまま結びついているんだなと。だからこそ、私たちの精神にものすごく影響を及ぼしてしまう。人を居心地良くさせるのはどんな空間なのか。メッセージ性をもたせるとしたら、どういうメッセージを伝えるのか。そんなことを考えるようになりました」
もうひとつ、デンマークのコペンハーゲンにあるルイジアナ近代美術館では、スケール感ということを考えたという。
「古い邸宅に入って行ったら敷地がすごく広大で、自然のなかにある建築のスケール感、雰囲気が変わっていくんですが、めくるめくコレクションが続く。作品、空間、自然、スケールと人のアクティビティの変化がちょうど良くて、なおかつ自然さがある。この自然さをどう出すのか、スケールって大事だなと思いました。その場そのシチュエーションに適したスケールを丁寧に扱うということを、最近またよく考えます。スケールが間違った場所にいると、落ち着かないんです」
東急歌舞伎町タワーも、2028年に東京・常盤橋に竣工するTorch Towerも広大なスケールの建築だ。
「それぞれの環境においてのランドマークをつくっていくというのは難しいです。ただ歌舞伎町はすごく特徴的で、オフィス街ではなく、エンタテインメントの場であるという立ち位置が重要でした。Torch Towerは地型が100m x 100mとものすごく大きい。東急歌舞伎町タワーとは違う条件です。アクティビティそのものをファサードにするという考え方でやっています」
