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• スペシャルインタビュー「今、かぐわしき人々」
  第72回：いしかわじゅんさん（漫画家・作家）

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《２》本業がわからなくなるほど、ジャンルの違う仕事が続々やってきて

　最初に文章だけの仕事の依頼が来たのは『週刊プレイボーイ』の特集記事からでした。

「デビューして3年目ぐらいの頃かな。週刊プレイボーイから『5ページあるので記事を書いてください』っていう電話がかかってきたんですよ。テーマは『インスタントラーメン全試食』。ラーメンのリストも送られてきて『これ、全部食べなきゃいけないの？』と編集者に聞いたら『いや、いいですよ』って（笑）。ただ、行数も指示がなくて、適当にイラスト入れてください、と。小学校の読書感想文以来、原稿なんか書いてなかったのに」

　記事は好評で、その後『ドリンク剤全試飲』など、お試しシリーズが続きました。そのうちに書評や劇評を頼まれるようになり、それを書いていると、いよいよ小説の依頼が。

「小説なんか書けないですよ、と言ったら、編集者が『漫画と一緒ですよ』って言うんだよ。それも講談社とか角川書店の人間が。そのうちに、今度は『映画に出ませんか』と言われて、最初は富田靖子と布川敏和主演の『ほんの５g』に出て、その後『バタアシ金魚』に出た。水泳部の先生の役だった。舞台も頼まれて15ステージくらいやったな」

　書く仕事も、幅は広がっていきました。「そんなの売れませんよ」と言われつつ漫画評論集を出すと、2万5000部のヒットに。それがきっかけで、BSで漫画の番組をやることになったのでした。

「テレビに出たら、今度はCMの仕事が来てね。JR東日本の『冬の旅』シリーズ。その後『下妻物語』など映画監督として有名になった中島哲也のディレクションで、面白かった。CMって面白いなーと思ったら、ベンツ、コカコーラ、パオンヘアカラー、トヨタ、ゼクシィと、まあいろいろ出たよ」

　すっかりテレビの人になったいしかわさんは『バンキシャ』のコメンテーターも11年務めることに。

「何が本業だかわからないんだよ。でもそれにはちょっと理由があってね」。

《３》もうひとつの住処、沖縄。海は見えないのに潮の香りが

　いしかわさんが仕事の幅を広げていったのには、いったん、漫画から自分を自由にする必要があったようです。

「ギャグ漫画でスタートしたでしょう。だいたいね、一人でギャグ漫画だけをやっていると、10年ぐらいで潰れるんだよ。精神的に不安定になったり、描けなくなったり、転向してストーリー漫画に行くしかなかったり。赤塚不二夫さんはチームで描いていたから大丈夫だった。一人はきついよ。それで、僕も半年くらい仕事をしなかった時期があるんです。鬱病まではいかないけど、それに近い感じだった。だから、仕事の幅を広げようと思ったのと、もうひとつ、住むところをもう一個もってもいいなと思った」

　住むところをもうひとつ持つ。そこで選んだのが、沖縄でした。

「なんというのかな。沖縄は日本語の通じる外国のようなところがあるし、時間の流れ方が違う。神里原という、もともと赤線だったところに住んだのだけど、ここが面白くてさ。いろんな人がいるんだよ。売春防止法ができ、使わなくなった２階に元はおねえちゃんのヒモだったおじいさんが住んでたりさ。60代のおねえさんが３人ぐらいでやってるバーがあったり。ちゃんと俺の腿の上に手を置いてくれるんだよ（笑）」

　そのあたりもやがて火事になり、店々は立ち退きになったそう。

「あのおねえさんたちはどこへ行っただろうね。東京で大ボラ吹いたあんちゃんが沖縄でそのホラを成功させて、でもまた夜逃げしちゃったヤツとか、本土から流れてくる人たちも面白い。本土の感覚でいくと、人の気質も違うし、緩いからイライラしたり、トラブルもあるけど、それを差し引いても、面白いことが多い町なんだよなあ」

　今は那覇市内にセカンドハウスを構えるいしかわさん。沖縄の香りといえば、やはり海ですが、家からは海は見えません。

「でもね、那覇市内には何本か川が走っていて、満潮の時間になると、海のそばでもないのに潮の香りがするんだよ。それがあの町の香りかな」
　できたての台風の激しさや洗濯ものの乾かないほどの湿気。１年の３分の２は夏という町に、月のうち1週間ほどは滞在しているそう。

「陽気でウエルカムだと思って住むと、大間違い。実は閉鎖的でよそ者ははっきりよそ者。でももう、どこへ行っても知り合いがいっぱいになったよ。故郷でもないのにね」

　それはいしかわさんの、人に対するやさしがなせるわざなのでしょう。

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