トップとして駆け抜けた宝塚時代。『ベルサイユのばら』の初演は初風諄さんが演じたマリー・アントワネットを主人公としたものでした。そのときにオスカル役を演じたのは榛名由梨さん。2作目の「アンドレとオスカル」編でも、当初はオスカル役が榛名さん、アンドレ役が安奈さんという設定でした。
「最初は私がアンドレだったのですが、榛名さんのほうが私より体が一回り大きいんです。それに上級生だったし。それで、入れ替わって私がオスカルを演じることになったのでした」
二人の息のあった恋愛劇に、ファンは熱狂しました。ファンのみならず、原作を宝塚歌劇にすることに反対していたような人たちも、大勢押しかけたのです。演目は再演、再演を重ねました。いまだに『ベルサイユのばら』は、宝塚歌劇の最大動員数を誇ります。
榛名さんとの友情は人生のものとなっています。安奈さんの母親が病に倒れたとき、彼女は舞台があって駆けつけることができませんでした。そんなとき、榛名さんに連絡すると、彼女は家族のように取り仕切ってくれたのだそうです。
「本当にありがたいことでした。死化粧までして、エレベーターに棺が入らなかったので、抱きかかえて運んでくださったそうです。妹は榛名さんへのご恩を一生忘れないと言っていました。私も同じ思いです」
宝塚の女優たちは、そこを辞めても強い結びつきがあるようです。
「退団して舞台をやるようになってからも、乙羽信子さん、淡島千景さん、… みなさん、共演すると家族のように可愛がってくださいました。宝塚歌劇出身者は血の繋がっていない家族、とでも言いたいようなつながりがありますね」。
宝塚歌劇出身だからこそ。その思いは今も歌い続ける安奈さんの胸の深くにあるようです。55周年の記念アルバム『私の好きな歌 mes cheres chansons」は、レビュー『モンパリ〜わが心の巴里よ!〜』で歌った曲などを選んだシャンソン集です。
「『モンパリ』は、1927年(昭和2年)に宝塚少女歌劇で初演された宝塚初のレビュー作品です。宝塚歌劇には綿々と続くシャンソンの歴史があります。越路吹雪さん、深緑夏代さん…。シャンソンって、ドラマがあるから面白い。私は1曲1曲、歌の構成、舞台の設定、その歌の主人公は何歳位で、…と、考えます。組み立てて、アカデミックにうたっていくのです。うたっているときは、全て忘れる、ということはないけれど、どっぷり浸かれる快感は年月とともに深くなります。歌によっては入り込みすぎてしまうこともあるくらいです」
音源を聴くだけで、1曲1曲がお芝居のように胸に入ってきます。安奈さんの歌は言葉がはっきりしていて、その一語一語が生きているのです。
「聴いている人が『今なんて言ったの?』と思う瞬間があると、歌の世界から離れていってしまうでしょう。何を言っているのかはっきりわかるように、口の開け方などはすごく気をつけています」
このアルバムは2枚組で、1枚はライブバージョンになっています。
「本当は、生で聴く方がいいと思うの。生のほうがきっと伝わる。でも、新型コロナの影響で遠方に住んでいる人や、病気の為ライブ会場に来づらい現状もあります。だからCDもいいかなと思って、勧めていただいたので、出しました」
1月にはお父様が好きだったジャズを歌う機会もあります。
「ジャズは言葉を憶えるのが難しいけれど、そうね、父が好きだったから」。