春から始まるはずのレコーディングは新型コロナの影響で延期になってしまいましたが、中江さんには「歌う中江有里」をどうしても見せたい人がいました。
「私の母は、歌手になりたかった人でした。かつての歌手活動の時も楽しみにしてくれていました。歌を再開することを考えていた時に、母に余命を宣告されるような病気が見つかったのです。いつ亡くなるかわからない状態で、私はレギュラーの仕事をするのも大変でした。そういう時に歌うということが、ずいぶん私を支えてくれました。歌うときに泣いちゃいけない、と思っていましたから」
今年1月にアルバム『Port de voix』が発売されました。それを知ったなら中江さんのお母様はどんなに嬉しかったことでしょう。エンディングに収録されている『いつも』は、中江さんのお母様への想いを代弁するかのような松井さんの歌詞。
「母は8月9日に亡くなりました。緊急事態宣言が解除されていたので、亡くなる前日に会うことができて、心の中でお別れは告げていました。『もう1回、歌ってる姿を見たい』と言っていたので、アルバムを出せたことは本当によかった。私自身も、歌は不完全燃焼で終わっていました。片想いのまま終わってしまった恋のような。ずっと好きだったけど、相手にされなかった気分でした(笑)。今回再び出会えて、両思いになれるかどうかは分かりませんが、関係性を築き直しているところです」
母親を失う喪失感と、予定の立たないコロナ禍の日々と。ここで中江さんが歌と再会したことは、必然だったようです。
「少なくとも歌っている間は違う世界にいられます。じぶんが楽器になっているような気持ちでいられる。人とタッグを組める楽しさもあります。特にリハーサルはみんなと一緒に作る楽しさがあって。それも一回、一回、その時だけの面白さで。コロナもあり、母のこともあり、激変の1年でしたが、歌うことがあって本当によかったと思います」。