今、臨床心理士として都内の病院で診療も続ける植木さんは、時代の移り変わりとともに変化していく人の心の揺れにも敏感です。亡くなったある高名な落語家が、彼女と何時間も話たがったというのも理解できます。「先生よう、オレ、老人になったのは初めてなんだよな。先生は初めての中年だろ?」。そんな真顔の謎かけを、優しく興味深く聴く植木先生は、人の心の「傷」を見抜く能力があるのでしょう。
2009年のリーマンショック以来、女性の自殺が前年比を上回ったと言われるコロナ禍の年。人はどんな瞬間にそれを選んでしまうのか、伺いました。
「一つにはコロナ禍が後押ししたことはあると思いますが、それまでもいっぱいいっぱいだった人がもうダメだ、になっちゃったのではないかと。つまりね、災害は平等にやってきても、被害というのは不平等なのです」
もう一つ「見下ろしうつ」という状態が怖いのだと言います。
「人間って、辛さ厳しさがマックスな状態の時には意外と死なないんです。たとえば子どもや夫が家で暴れているといったDVや、借金を返すのに必死という渦中の状態では、人は死なない。怖いのは、何かひと段落して、自分の力ではどうにもならないな、と思ったとき。それを『見下ろしうつ』と呼んでいるのですが。寝ないで働いて、急に大きな仕事を任された、部長に昇進した、やっと認められた。そういう時が危ないんです。借金もやっと返し終えた。し尽くした、と思ったときにエネルギーが残っていないと、うつ病になってしまう。だからコロナ禍で大変だ大変だ、と言っている時より、おさまってきた時が怖いなと思っています」
うつ患者の致死率は3〜4割と言われているそう。
ではどうすれば、うつにならないのか。植木さんは「べき思考を止めること」と「意図的に何をしている時が笑顔になれるか思い出すこと」だと言います。
「人はやるべきことを抱え込むと、強いストレスが続く、自分は何が好きだったかを忘れます。何を着ようか考えている時が好きとか、アロマの香りが好きだとか。だから、意図的に『私は何が好きなのか、何をしていると笑顔になれるのか』を思い出して欲しいのです。私は病院に来てくれる人ともその話をしますよ」。