本当に悲しいとき、涙も出ない事があるものだ。
幸は知っている。自分もそんな事が何度かあったから。
「私も若いとき、初めて一緒に住んだ人にね、他に女を作られてね。その娘に子どもできちゃってね。なあんて事が、あったわよ」
からりとそう言う幸の顔を見つめ、凛花は目を見開いてグラスを持った手を固まらせた。
「マジですか。よくそんな事が…」
そう言って、凛花はまじまじとまた幸の顔を見た。苦労のなさそうな、透き通った肌と包み込むような微笑みを。そんな辛い事があっても、こんなふうになれるんだ、と何か励まされるような思いがした。が、自分の悲しみや恨みつらみやそんな思いはまだ生々しくて消えそうになかった。
「ダメなんですよね。そのことばっか考えちゃって。それと…」
「それと?」
「彼だけじゃなくて、親友も失っちゃったわけで、私」
幸はちょっと俯いて、顔を上げていった。
「本当に親友だったのかな。その人」
「え」
「本当に凛花さんのことを大事に思ってたら、そんなことしないでしょう。いいのよ、親友なんか、いなくても」
「でも。誰もいなくなっちゃう」
そういうと、凛花は顔を覆った。
「クリスマスに彼に指輪をもらうはずだったんです」
「わかった。ちょっと待っててね。おなか、空いてるでしょ」
凛花はこくんと頷いた。
「なんか、パスタとかありますか」
「ちょうど私もそう思ってたところ」。