幸は「正直な人」と言われると、なんだか痒いような気持ちになった。17歳から客商売を始めて、40年にもなる。嘘もいっぱいついた。まあ、相手を気持ちよくさせるための嘘だけれど。
話題を食べ物に変えてみた。
「矢作さん、お腹は空いてらっしゃいます?」
「ペコペコだね」
「正直な方ですね」
2人は笑い合った。幸は冷蔵庫から用意していたものを出してきた。
「これ、作ってみたんです。きりたんぽ」
炊いたご飯を半分くらい潰し、杉の木の串に巻き付けて、焼いたものだった。
矢作はそれを見てほっこりした笑顔を浮かべた。
「本物だね。ちゃんと杉の串じゃん」
「はい。三関のせりも、比内鶏のスープも買ってきました」
「いいねえ」
紳士はふと、遠い目をした。
「教授の紹介の見合い結婚だったんだけれどね、一度だけ、僕の狭い下宿に彼女…、今の妻が来てね。ちっちゃい鍋で、きりたんぽをやったことがあったなあ」
「素敵な思い出ですね。奥様も呼んじゃいますか」
「え。いや、寒いし、出てこないよ、きっと」
「そうですか。じゃ、1人前で。あ、お酒どうしますか」
「熱燗にするかな」
「はあい」
幸は青い徳利をお湯に沈めた。