幸はその大城の明るい表情に、意外なものを感じた。あの夜、異動など嫌がっていたのに。
「新しい職場はどうですか。この間より、今日の方がいい顔してらっしゃるけど」
大城は一瞬、恥ずかしそうに目を伏せたが、またきっと幸を見据え、真面目な表情で言った。
「紙よりネットの方が、割と自由にやれそうなんです。企画もECサイトと繋げて、モノを売ったりとか。文字数も限られていないし、またセルジュさんにファッション・アドバイザーとして語ってもらうのもいいかな、なんて思ったりしてます!」
「それは良かったわね」
ファッション哲学を語りながら、モノを売る。確かにそれはかつて顧客と1対1で、その人のファッションを作り上げていった高級ブランドの店のやり方と似ているかもしれない、と幸は思った。ライフスタイルや生き方を語り合いながら、その人の着るものを選んでゆく。
「大阪のB級グルメの特集だったわね」
「そう、そうです! それそれ」
大城はスマホをメモの画面にして、待ち構えた。
幸は今朝思い出していたあれこれを説明した。
「なるほど。旨そうだなあ」
いちいち唾を飲み込みながら、大城はメモったり、検索したりした。そうして、おもむろに、顔の横あたりに手を挙げた。
「ママ、質問があります!」
幸は気の弱い小学生みたいだなと笑いを堪えて言った。
「はい、大城くん」
「あの、肉吸い、ってなんですか」
「にくすい…ああ、肉吸いね。作ってみようか」
「え、できるんですか」
「うちはいちげんさんお断りの食堂だからね」
幸は言いながら、冷蔵庫から和牛の細切れと青ねぎ、豆腐を出してきた。
鰹と昆布の出汁を温め、酒、みりん、薄口醤油で味付けする。味見しながら、ややみりんの甘みの強い、関西風のうどんの出汁をつくった。
透き通った黄金色の出汁である。
薄口醤油はマストだ。黒いうどんの出汁など、大阪にはないのだから。
そこへ豆腐を入れ、肉を入れる。沸騰したらあくを取り、小口に切ったねぎを入れた。
「納豆とそぼろとすぐきのお漬物は、サービスです」
定食っぽく仕立てると、何かの皿を置くたびにおおっ、と大城は声をあげた。
「いただきます」
幸は両手を差し出して「どうぞおあがりください」と言った。オトナの男なら「ママも一杯いかがですか」と言ってくれるんだろうけど、と思いながら、自分のグラスに白ワインを注いで。