幸はアルザスのリースリングを抜いた。食事をした後、少しほろ酔い。程よい酸味があって、ワインだけでもすんなりと楽しめる味。でもきっといろんなものを飲んでいそうな3人だから、イタリアやチリではなさそうな気がした。
3つのグラスを供して、幸は微笑んだ。
「仲が良いんですね。ゆっくりされてください」
「はーい」
女性は小さく顔の横に手を挙げて、話しだした。
「最初は、こっちが彼氏だったんです。でも、今は、こっちが夫です」
「よせよ」
夫と言われたメガネの男が手で女性の口を塞ごうとした。
「いいじゃない。もうほとんど40年前よ。最初はこの人が彼氏だったんだけど、浮気ばっかりするし。私、ほんと、気持ちが落ち着かなくて。そうしたらこっちの人が、俺が一生守る。君を守る、って言うもんだから。結婚して…35年? 3月で35年じゃない?」
「ま、そのくらいだろうなあ」
「でしょう。まあでもね、みんなもうすぐ還暦だし。もうなんか、全部、思い出だし」
黒タートルの男は黙って聞いていたが、ぽつりと言った。
「オレ、帰るわ。あの、まだ仕事残っててさ」
幸は思わず言った。
「ええっ、お帰りになるんですか」
「あ、まあ、これ、飲んだらにします」
グラスのワインは、注がれたばかりだった。