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  • 第13話 本日のお客様への料理『ひと皿ずつの参鶏湯』

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🥂Glass 3

 幸はさりげなく聞いた。

「お近くなんですか」

 黒タートルの男は「ええ、まあ」と言い、一呼吸おいて喋り始めた。

「坂の上に借りてる家があって、そこで仕事しているんです。都内には事務所というか家というか、あるんですけど」

 メガネの男が小指を立てた。

「そこにね、いるんです。これが」

「ああ」

 なるほど、と幸は微笑んで、やっぱりいい男はひとりじゃないな、と思った。
 しかし、なんとなくまた会いたいなと思った。何か、舌に合うものがあれば、また来てくれるかもしれない。

「あの、御三方は、お腹いっぱいですか」

「お腹はまあまあいっぱいだけど、美味しいものは別腹」

 女性が言い、左右の男たちも頷いた。

「少しだけ、あったかいもの、召し上がってください」

 幸はスープ皿をお湯で温め、参鶏湯の汁だけを注ぎ、そこに、鍋の中からお茶パックに入れて茹でた餅米を一かたまりずつ置き、裂いた鶏肉を少しと、白髪ねぎを載せた。

「なにこれ。ひとつずつ! こんなに綺麗な参鶏湯、見たことがないわ」

 幸は微笑んだ。

「冷めないうちに召し上がってください。私の師匠に教えてもらった参鶏湯なんです」

 3人は、それぞれにスープをすすった。シェアではなく、ひとり、ひと皿。生姜と棗の仄かな香りが鼻腔を満たし、鶏だしの柔らかな旨味が口中に広がって溶けた。
「ああ、やさしい味ですね」

 黒タートルの男が言った。

 幸が「また来てください」と言う前に、女性が言った。

「これ食べにまた来ちゃおう」

 幸は静かに聞いた。

「奥様たちもお近くなんですね」

 夫の方が言った。

「いや、うちは武蔵小杉ですよ」

「そうですか。でも一本ですね」

「…」

 メガネの男は黙ってまたスープを飲み、妻の横顔をちょっと心配げに見た。

 幸は気づいた。元カノ。元カレ。彼女が頻繁に彼のところへ来たら、それはちょっと問題かもしれない。
 そして慌てて言った。

「また、3人でいらしてくださいね」

「また来ますよ」

 答えたのは、黒タートルの男だった。
 その時、外でドーンという音がした。

「花火ですね」

 幸は外に目をやって言った。
 女性はスプーンを置いて、キョロキョロした。

「花火が上がるんですか」

「冬の土曜日にね、時々。ここからはあんまり見えないけれど」

「残念。やっぱりまた来なきゃ」
 女性はまたスープを飲みながら言った。
 えくぼができた。
 冬の花火は、4人それぞれの心をちょっとざわつかせていた。

筆者 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

イラスト サイトウマサミツ
イラストレーター。雑誌、パッケージ、室内装飾画、ホスピタルアートなど、手描きでシンプルな線で描く絵は、街の至る所を彩っている。
手描き制作は愛知医大新病院、帝京医大溝の口病院の小児科フロアなど。
絵本に『はだしになっちゃえ』『くりくりくりひろい』(福音館書店)など多数。
書籍イラストレーションに『ラジオ深夜便〜珠玉のことば〜130のメッセージ』など。
https://www.instagram.com/masamitsusaitou/?hl=ja

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