しばらくするとセルジュ3人組は「塩ラーメン食べに行こう」と消えていった。
幸は、佐伯と向かい合った。
彼一人になると、つけているオードトワレの香りがわかった。
爽やかなグリーンのなかに、少し煙草の香りがするようだった。スモーキーだけれど臭くはない、煙草にする前の葉っぱのような。
「早速来ていただいて、嬉しいです」
佐伯は金色の液体が注がれたグラスを少しあげた。
「いただきます。あ、あなたも何か、飲みますか」
幸は珍しく遠慮した。
「いえ、まだ時間が早いので。それに、何か召し上がるなら、作らなくちゃ」
佐伯は、じゃ、と、ひと口飲んで、グラスを置いた。
「ああ、うまいな。アルザスもいいけど、やっぱりドイツのリースリングの、キリリッとした酸味がね…」
「ドイツにもいらしたことがあるんですか」
「向こうのオーケストラとやりました。昔話ですよ」
「ドイツってどんなところですか」
幸の大雑把な質問に、佐伯はふっと笑った。
「僕がよく行った頃は、まだ西と東に分かれていました。一つの国のなかで、共産圏と資本主義の国がくっついているくらい違った」
「みんな、じゃがいもとソーセージ食べるんですか」
さらに大雑把な質問に、佐伯はまた笑った。
「面白い人だな。…まあでも、当たらずも遠からずですよ。今はきっと、アメリカンフードもいろいろあるんだろうけどね」
幸は、パリとニューヨークと香港とソウルしか行ったことがなかった。ほとんどいつも買い物ツアーだった。もっと違う旅行をしたらよかったと幸は思う。行ったことのない海外の話を聴くのは、大好きだった。
好奇心旺盛に瞳をきらきらさせている幸の顔に促されて、佐伯はいつもより饒舌になっていた。
「この間来た恭仁子とね、学生の時、初めて行った海外が、グアムだったな」
「え、旅行に行ったんですか」
佐伯は行った、とも行かなかった、とも答えず、こう言った。
「… グアムはつまんなかったね」
幸はそれ以上、突っ込んではいけない気がして、黙った。