店には珍客万来の日というのがあるのかもしれない。そこへまた一人、女性が現れた。
「こんばんは」
「あら、あなたは、この間、佐伯さんといらしていたご夫婦の… 」
「はい、恭仁子です。岡部の妻の」
佐伯、という言葉に 耳をピクリとさせたのは矢作夫人だけではなかった。
さっきやってきたグレーの女性も、振り向いて恭仁子の顔を見た。
恭仁子は、その顔に驚いて声をあげた。
「あっ、あなたは」
「ご無沙汰しています。佐伯洸事務所の沢です。お会い…してますよね」
「…どうも」
今度は幸が、え、と小さく声を上げた。このグレー女性が、佐伯と住んでいるという敏腕マネージャーか。
お好きな場所に、と言われる前に、恭仁子は首元の白い麻のストールを外し、沢の隣に座った。
そして、沢に小さくお辞儀をした。
「ご無沙汰しております。ええと、15年前ぐらいですかね。渋谷のコンサートの楽屋で」
「Bunkamuraでやったときに、ご主人と来てくださったんですよね。あのとき、佐伯からお二人とは学生時代からの大事な友人だと伺いました。短い時間ですみませんでした」
「いえ、スポンサーの方、応援されている方、すごい行列でしたもんね」
「その後は… 佐伯とは、よく?」
「いえいえ、この間、それこそ15年ぶりに、夫が連絡をとったらしくて。3人で食事させてもらったんです。もう大御所だから、忙しいのに申し訳なかったねえって、言ってて。でも…」
「でも?」
「3人で顔を見合わせてると、学生時代のまんまで。すごく楽しかったです」
恭仁子と沢のそんな会話を聴きながら、幸は「もしここに佐伯が来たら」と思わずにはいられなかった。そして、なぜ二人は今日ここへ来たのだろうといぶかった。