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  • 第20話 本日のお客様への料理『さよならのトリュフ塩風味のステーキ、カポナータ添え』

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🥂Glass 2

「あー。飲んじゃった」

「800円でいいですよ」

「じゃ、もう一杯飲もうかな」

「2000円しかなくて、帰りの電車賃はあるわよね?」

「スマホにSuicaが入ってる」

「ああそう。じゃ、どうします?」

「肉食べたいな」

「はあ」

 幸は思わず大きな疑問符に満ちた声を上げた。飲み物代は?あと1200円で肉を食べたい?この男、なんなの。

「あのね、消費税とかあるのよ。うちはカードか現金。paypayとかまだやってないんだけど」

「でも、オレ、肉食べたい」

 駄々っ子のように口を尖らせると、カニオは子どものように無邪気だった。この男は、こうやっていろんな人にたかって、ごちそうになっているのだろう。

 幸は話題を少しそらした。

「今も凛花さんの友達と付き合ってるんですか」

 男は頬杖をついて、上目遣いに幸を見た。

「そんな話をよくご存知で」

 そして、肩をすくめて首を振った。

「その彼女はどっか行っちゃった。結構毎月、寿司とかステーキとかごちそうしてもらったんだけどさ」

 幸は読めた。この男はヒモ体質なのだ。女性に甘えては、ごちそうしてもらって生きている。

「あきれた。凛花ちゃんもあんたにおごってたの」

「凛花はそういうとこしっかりしてるから。あんまり高いところは行かなかった。せいぜいファミレスかな」

 凛花は本能的に彼のことを見抜いていたのかもしれない。賢明だった。そして、大城と結婚できて本当に良かったと、幸は思った。
 こういう男は、もう近づけないほうがいいだろう。

「わかったわ。私が今日は一皿だけごちそうします。その代わり、二度と凛花ちゃんに近づかないで。この店にも来ないでね」

「え」

 カニオは一瞬、顔を歪めたが、ニヤリと笑って、Tシャツの上からお腹を撫でた。

「いいよ。腹減ったし」

🥂Glass 3

 冷蔵庫に2枚、ステーキ用の小さな肉があった。栃木産A5ランク。ミスジと言われる部位で、焼肉屋ではよく使われるが、ステーキ用としてはあまり売られていない。本牧のスーパーでは、それをお値ごろに売っていた。
 この店で肉を頼む人はほとんどいない。余ったら自分用に食べるのみだ。そんな1枚だった。

 幸はお皿に、今朝つくったばかりのカポナータを添えた。野菜をすべて7ミリ角に切ってある、ソースのようにもなるカポナータだ。
 肉を焼く。
 にんにくをたたき、オリーブオイルで焼き、ホクホクにして先に取り分ける。一緒に唐辛子も香りだけ出してこちらは取り出してしまう。香ばしい香りが店中に広がった。
 温まったフライパンにステーキ肉を置き、トリュフ塩を振る。
 焼き時間は、両面合わせて1分ほどだ。
 取り分けておいたにんにくを載せる。

「はい。唐辛子オイルで焼くって感じだから、ペペロンチーノ・ステーキね」

 そう言うと、幸は黙って、ルイ・ジャドーのブルゴーニュの赤ワインを抜いた。ワイングラスを二つだし、注いで、一つをカニオの前に置いた。

「さよならの乾杯をしましょう」

 カニオはうん、とちょっと視線を落として、グラスを取った。

「凛花さんにさよなら、ね」

「うん」

 ワイングラスはカチリと音を立てて合わさった。

「肉、ちょっぴりだなあ」

「人のおごりなんだから、文句言わない」

「ちぇ」

 カニオはフォークとナイフを手に取り、何も言わず、時折カポナータを肉にのせながら、ひたすら食べた。

第20話 本日のお客様への料理『さよならのトリュフ塩風味のステーキ、カポナータ添え』

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