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  • 第20話 本日のお客様への料理『さよならのトリュフ塩風味のステーキ、カポナータ添え』

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🥂Glass 4

「ごちそうさま。まあまあだったな」

 紙ナプキンで口元を拭き、赤ワインを飲んで、カニオがそう言ったとき、扉を開けて、佐伯が入ってきた。

「珍しい匂いがしてるね。肉焼いたんだ」

 幸はさっきの仏頂面とは打って変わった満面の笑みを佐伯に向けた。

「匂いこもってます?窓、開けましょうか」

「いや、暑いからいいよ」

「お肉、召し上がります?」

 その表情を目ざとく見つけて、カニオはまた舌打ちをした。

「なんだよ、オレの時と態度が違うじゃん」

「当たり前でしょ」

 佐伯は先客には関わらずに、奥に座って、背を向けた。

「じゃ、オレ、帰ります」

「800円ね」

「え、その金は取るんだ」

「当たり前でしょ」

 カニオは折り畳んだ千円札をポケットから2つ出した。そして広げて1枚、幸に渡した。

「はい。お釣りはいいです」

「いえ、待って」

 幸は200円をカニオに渡した。

「さよなら。本当に。本当にもう現れないでね」

「はいはい。でもカポナータうまかったからまたきちゃうかもー」

 そのおどけた顔を軽く睨みながら、幸はカニオを見送った。

「誰」

「凛花ちゃんの元カレだって。結婚式の日に撮った写真をここにもってきたの」

「なんでここへ」

「凛花ちゃんが、ここへ置いていくようにって。まあもう、顔を見たくなかったんでしょう」

「ふうん。でもこの店を教えといたら、また来るかもしれないし、と思ったんじゃないの」

「ええっ」

 幸はその佐伯の正反対の考え方に驚いた。

「私ならもう会いたくないけど。だって、一度、手痛く振られたのよ」

「幸さんはあっさりしてるけど、一度好きになった人だよ。また会いたいと思うかもしれないじゃん」

 佐伯はそう言って、さっきのカニオのように頬杖をついた。
 幸は、佐伯が学生時代の彼女だった恭仁子のことをやっぱり思っているんだろうなと想像した。
 そう思うと、ちょっとだけ寂しかった。

「お肉、召し上がりますか」

「そうだねえ」

 頷いた佐伯は、ワインのボトルに目をやった。

「あ、ルイジャドーじゃない。あれを飲むために肉かな」

 この赤ワインを、佐伯とここで飲む時間があればいい。幸はそう思い直して、新しいワイングラスを取り出した。

第20話 本日のお客様への料理『さよならのトリュフ塩風味のステーキ、カポナータ添え』

筆者 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

イラスト サイトウマサミツ
イラストレーター。雑誌、パッケージ、室内装飾画、ホスピタルアートなど、手描きでシンプルな線で描く絵は、街の至る所を彩っている。
手描き制作は愛知医大新病院、帝京医大溝の口病院の小児科フロアなど。
絵本に『はだしになっちゃえ』『くりくりくりひろい』(福音館書店)など多数。
書籍イラストレーションに『ラジオ深夜便〜珠玉のことば〜130のメッセージ』など。
https://www.instagram.com/masamitsusaitou/?hl=ja

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