凛花が帰った後すぐに、少し年かさのいった2celloがやって来た。
佐伯洸と岡部良介である。
「いらっしゃいませ」
幸が声をかけるよりも早く、倒れ込むように二人は椅子に座った。
「ビールちょうだい、ビール」
「はあい」
COEDOの茉莉花という緑のラベルを、幸は手にして栓を抜いた。それぞれに、グラスに注ぐ。
「おつかれさまです。練習ですか」
「ああ… 乾杯」
ふう、と肩を落としていた良介も、佐伯に乾杯と言われてグラスをあげた。
「ごめんな。…ちょっとは練習して来たんだけどな。やっぱ、もうレベルが違うわ」
良介はそう言うと、ちょっとグラスに口をつけて、お水ください、と言った。
「あ、岡部さん、まだアルコールあんまりダメですよね」
「まあ、1杯くらいは」
佐伯はグイッとグラスの半分ほどをあけ、口元を歪めるように微笑んだ。
「長いこと弾いてなかったんだからしょうがないよ。お前ならすぐ追いつくよ」
「いやー」
「そうだ」
佐伯は思いついて言った。
「なんか目標があるといいから。大晦日に、ここで二人でコンサート、やらないか。…いいよね、幸さん」
「え…ええ! もちろん」
急な問いかけに戸惑いながら、幸はとても嬉しかった。大晦日に佐伯の弾くチェロを聴けるなんて最高だ。
「ええーっ。無理だよ…」
「無理じゃないよ。奥さんだって喜ぶよ」
「…」
恭仁子、と言わず、奥さん、と言った佐伯の心遣いを、良介も幸も感じていた。
二人に顔をじっと見られて、良介は顔を前に向けたまま、視線だけ落とした。