「そうと決まると、お腹が減ったな」
佐伯はいたずらっ子のように言った。カニオといい、佐伯といい、特殊な才能をもっている人たちは、心根が子どもだ。それもいたずらっ子なのだ。
幸はとちょっとメニューを考えながら言った。
「ごはんもの? パスタ? それとも」
「僕がご飯ものがいいな」
良介が言った。実はお腹が空いていたのだろう。
幸はありものを考えながら、こんな提案をした。
「良介さんは、辛いのは大丈夫ですか。甘辛い感じ」
「甘辛い、大歓迎です。それならすごく味わえる」
「じゃ、ガパオとかどうかしら」
「いいね。まだちょっと暑いしね」
佐伯も賛同した。
幸は心の中でよっしゃ、と気合を入れる。
刻んだにんにくを油で炒め、良い香りがしてきたら、鶏ひき肉を入れて、塩をひとつまみ。色が変わるまで炒め、そこへ玉ねぎとピーマンを入れる。本当は赤ピーマンがいいけれど、緑しかないのでこれで許してもらおう。また塩をひとつまみ。野菜に火が通ったら、青唐辛子のみじん切り、酒、きび糖、酢、オイスターソース、ナンプラーで味を整える。
これをあっためたご飯と器に盛り、別鍋で作っておいた目玉焼きをのせ、バジルもたくさんトッピングした。
「ちょっと和よりのガパオライスです。もうちょっと辛いのがよければ、サテトムをかけますよ」
「はい」
佐伯が小さく手を上げた。幸は小さなスプーンに1杯、サテトムをかけた。
「よーく混ぜて召し上がれ」
「いただきます」
二人は勢いよく混ぜ、口に入れた。
「うまー」
「うん。辛い。けど、うまい」
良介がバジルをスプーンに取り、それだけを口に入れた。
「バジルの香り。思い出せる。いや、ちょっと香るような気がするな」
「本当か」
佐伯が手を止めて隣を向いた。
「うん。…わからん。記憶が今の嗅覚に勝るのかもな」
一人であはは、と良介が笑った。
その笑顔を嬉しそうに佐伯は見て、同じように笑った。
「やっと笑った、こいつ。うん、楽しくやろうや。今度いつ来る?」
二人の友情が眩しくて、幸の目がちょっと潤んだ。
そして、今年の大晦日が急に輝き出した。
筆者 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
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イラスト サイトウマサミツ
イラストレーター。雑誌、パッケージ、室内装飾画、ホスピタルアートなど、手描きでシンプルな線で描く絵は、街の至る所を彩っている。
手描き制作は愛知医大新病院、帝京医大溝の口病院の小児科フロアなど。
絵本に『はだしになっちゃえ』『くりくりくりひろい』(福音館書店)など多数。
書籍イラストレーションに『ラジオ深夜便〜珠玉のことば〜130のメッセージ』など。
https://www.instagram.com/masamitsusaitou/?hl=ja