「やあ」
最初にやってきたのはセルジュだった。
「いらっしゃいませ」
恭仁子は過剰に笑顔をつくり、大きな声をかけた。
「元気がいいね」
セルジュは吹き出して、奥にいた幸に目配せした。
今日のランチが参鶏湯であることは、Instagramで知らせてあった。
「参鶏湯が食べたくなってね」
メモをもって構えていた恭仁子は、拍子抜けしてため息をつき「参鶏湯ひとつお願いします」と小さい声で言った。
セルジュはちょっと鼻をクンクンさせたが、何も言わなかった。
そこへ、若いカップルが入ってきた。見慣れない顔だから、観光客だろう。
「いらっしゃいませ」
「ええと、メニューありますか」
「あ、はい」
飲み物を書いたメニューを差し出すと、カップルの男性の方が言った。
「ランチは」
「今日は参鶏湯になります」
「一択ぅ??」
「すみません」
「じゃ、なんかケーキとかありますよね」
「今日は…」
恭仁子は幸に目線で助けを求めた。幸は首を振った。
「ケーキは今日はないみたいです」
「えー。でもケーキの匂いするんだけどぉ」
カップルの女性の方が鼻をクンクンさせて言った。
「別のとこ行こっか」
男性が言うと、めんどくさそうに女性も立ち上がった。
「すみません。またお願いします」
恭仁子は泣きそうな顔になった。
ケーキの匂いは、間違いなく自分の香水の香りだったのだと気づいたのだった。
幸は温めた参鶏湯に水菜のサラダを添え、トレーに載せてセルジュのもとに運んだ。
「熱いですから、お気をつけて」
そうして立ち尽くしている恭仁子に声をかけた。
「大丈夫、時々ケーキも焼くから」
セルジュは黙って、自分の髭に気をつけながらゆっくりと参鶏湯を口の中へ運んだ。
「熱っ」
それを見て、恭仁子はコップに水を入れてセルジュのトレーに置いた。
「ありがとう。気が利くね」
恭仁子は恥ずかしそうに口角をあげて小さくお辞儀した。心の中で「一敗、一勝だわ」と呟きながら。
その後も客は一人、二人とやってきた。満員御礼の大盛況というわけではなかったが、なんとか恭仁子のバイト代も出せるくらいに。