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    第10話 『多美子の失恋』

《4》

そのとき、多美子のスマホがテーブルの上でぶるぶると震えた。ひっくり返すと、横井直之、と表示されていた。多美子は嫌な予感がした。休みの日になんだというのだろう。席を立ち、店の外で電話をとった。

「もしもし、急用?」

「ああ、タミー、ごめん。本当にごめん」

「いいから、何よ」

「シュージが捕まった」

「は」

「岸場鷲士が捕まったんだ」

「え… なんで」

「女の子を集めてよからぬパーティーをやってたらしくて。その女の子のなか未成年が2人いて、親が警察に届けたらしい」

「…ど、どうなるの」

「まあ、とりあえずトレイラー・トゥ・ビーとの取引は打ち切りだなあ。ほんと、ごめん! ほかをすぐ探すからさ、同じような会社はいろいろあるし…」

横井が同じような会社の名前をいくつか挙げているのを、多美子はもう聴き取れずにいた。頭のなかだけ水に沈められたように音を失った。

「タミー、聞いてる?」

「聞いてる。とりあえず、また明日聞くわ」

多美子は電話を切り、のろのろと店に戻った。入り口の段差も何もないところでつまずきそうになった。

「だ、大丈夫ですか」

「タミーさん、仕事の呼び出し?」

「あの、なんかありました?」

多美子は椅子にぺたん、と座った。大きなため息をひとつつくと、空のシャンパングラスを見て、有紗に言った。

「有紗ちゃん、ここ、ジントニックある?」

「タンカレーならできますけど」 

「それそれ。それ、お願い」

有紗はすっかり影を落とした多美子の豹変ぶりにおどおどしながら、ジントニックを作り、ライムを添えてもってきた。

多美子はライムをぎゅーっと絞ると、それを一気飲みした。

「た、タミーさん!」

3人はぼう然と多美子を見守った。

彼女の喉を強い炭酸とジンの匂いが一気に滑り落ちていった。

その匂いに、バーで隣にいた鷲士の匂いが重なった。

飲み干せてしまえるくらいの、短い恋だった。

To be continued…

★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。

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作者プロフィール

森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。 92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら

挿絵プロフィール

オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。 主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。

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