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    第13話 『未知の初デート』

《3》

松原庵、という蕎麦屋は、静かで感じのよい一軒家で、靴を脱いで上がるようになっていた。
奥の座敷に通される。冷房の効きが心地よい。

「未知さん、ビールは飲みますか」

「はい」

ビールで、しょうゆ豆や鴨のローストなどをつまみ、かけそばをくるみだれで食べた。

「美味しいですね」

「失敗した。僕、ガムかみすぎて、口のなかがまだスースーしてます」

希望はそう言って笑った。未知はその笑顔を見ていて、ああ、この人は普通の人だな、と思った。
「普通の人」ってなんだろう。普通の感覚をもっている人。その感覚が、普通にわかるなと思える人。でもその「普通」というのは、未知がそう思うだけで、ひょっとしたらほかの人にとっては「普通」ではないのかもしれない。だけど、そこを共有できるってやっぱり、いいことなのかもしれない。まあ、だから、ドキドキはしないんだけど。…そんなことをぼんやり考えていると、希望がちょっと強い口調で言った。

「あの、海を見て、それから、僕の工房に来てくれませんか」
「こうぼう…」

「材木座に、小さな小屋を借りていて、そこで、靴を作ってるんです、僕。それであの、よかったら… あ、まあいいや」

「へえ… あ、はい」

希望は何を言いかけたのか、もごもとと口ごもった。未知も、なんだかよくわからない返事をした。「工房って広いのかしら」と、ふと二人きりになることを覚悟した。

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