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    第13話 『未知の初デート』

《4》

材木座の小屋は、外から見るとかなりボロかった。ギィギィ、ばったん、という感じの木の扉には、錠前がついていて、それを小さな鍵でもって、希望が開けた。

「どうぞ。あんまりきれいじゃないけど」

「おじゃまします」

暑かった。革の匂いが汐の匂いと混じり合って、湿気を含んでぷうんと充満している。希望が窓を開けると、潮風が流れ込んで、幾分涼しくなった。空気を入れ替え、冷房をつけるとやっと落ち着いて息ができた。

学校のような木の椅子に座っていると、冷蔵庫からっペットボトルの麦茶を出してきて希望がガラスのコップに注いでくれた。未知は「いつの麦茶だろう」と多少訝ったが、あまりに喉が乾いていたのでひと口飲んだ。普通の麦茶の味がした。はあっ、とため息をついて、ぐるりと小さな部屋を見渡した。
作りかけの靴が数足。出来上がったと見られる紐靴が数足。紐のない、スリッポンもあった。作業台には革の切れ端が律儀に束ねられていたり、紙でできた型が散らばって雑然といろんなものがあるけれど、それなりに片付いていた。

「ここで、ずっと作っているんですか」

「ええ、まあ」

我が家に帰ってきたように、希望はくつろいだ顔をしていた。そういえば、さっきから、丁寧語が消えている。

「靴作ろうか」

「え」

「未知さんの靴、作ろうか」

「ほんとですか。嬉しいな」

「最初から、そのつもりだったんだけど」

希望は嬉しそうに、新しい白い紙をもってきた。 

「さ、紙型をとるよ」

未知はビジューのついたビーサンを脱ぎ、パールホワイトのペディキュアをした素足を、希望の手に預けた。手もつないでいないのに、いきなり素足を触られて、鼓動が早くなった。くすぐったいような、不思議な気分。でも慌てて、これは病院でお医者さんが私の足をもつようなものなのだ、と必死に思い直した。

希望も極めて事務的に、しかし大切に未知の足を白い紙の上に置いた。

まず紙の上に鉛筆で足の形をとり、メジャーでサイズを測っていく。長さ、甲の周り。
そして、紙型をつくっていく。

「まずこれで紙型をつくってね。あ、そうだ、ごめん、僕はハイヒールみたいなのはやってなくて、紐靴とかスリッポンみたいなとか、フラットなワンストラップの靴とか…そういうのばかりなんだ。… 色は何色がいいかな」

未知が出来上がったり途中だったりする靴たちを見た。黒、茶色、えんじ色、ベージュ… そこに、1足だけ、ブルーの靴があった。

「あの色は… あんまり作らないの」

そのとき、希望のこめかみがぴくりと動いた。それは、別れた彼女のために作りかけていた靴だった。が、そのことは説明しなかった。

「この革は僕が特別に染めたんだけどね。… ちょっと履いてみる?」

「うん」

何も知らずに、未知は嬉しそうにうなずいた。希望が未知に履かせてみると、まだストラップがついていなかったが、サイズはぴったりだった。未知は思わず小さく叫んでいた。

「シンデレラ・サイズだ〜」

「おお」

希望は驚いたまま、靴を履いた未知の足をもったその手を、4秒ほど離せずにいた。

未知は嬉しくなって、その靴を履いたまま、工房のなかを少し歩いた。
海に向いた大きな窓を覗き込むと、ちょうどあまりにも大きな夕日が、蜜柑色に光の矢を伸ばしながら、沈んでいくところだった。
息をすると、その夕日までが未知の体のなかに入ってきそうだった。

「見て見て。すごいね、きれいだねえ」

振り向いた未知の後ろに夏の夕日がまばゆく射しているのを含めて、希望は思わず答えた。

「似合うよ、とっても似合う」

潮風は完全に革の匂いを包み込んでいた。

To be continued…

★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。

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作者プロフィール

森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。 92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら

挿絵プロフィール

オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。 主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。

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