商品へのアドバイスはもちろんですが、武さんのもとには、香りを学びたい人たちがたくさん集まってきます。
なかには切実な悩みをもった方も。
「『先生、悪夢を退散させてください!』という生徒さんがいらっしゃって。どんな夢かと聞いてみたら、毎晩、自分が殺される夢を見ると。どうやら仕事に真面目で、一人で頑張りすぎてしまう方だったようです」
武さんが彼女に勧めたのは、マンダリンの甘い香りでした。
「寝るときに、マンダリンのエッセンシャルオイルをティッシュにたらして、枕元に置いてみて、と。するとまず1日目にきたメールが『私の悪夢にはマンダリンも叶いませんでした』と。「でも少し続けてみます」と、すると2日目に『先生、あれから悪夢を見なくなりました』とメールが来たのです!」
武さんは、マンダリンで駄目ならラベンダーを勧めようと思っていたそうです。
ある女性は子育ても終わり、夫も出世して超多忙。そこで「開放された」と感じることができず「自分の役目は終わった」と感じてしまい、軽い鬱の症状が出始めていました。
「そういう時期の女性はだいたい身体的には更年期に差し掛かるでしょう。女性ホルモンが減るので、エストロゲンと似た構成のスクラレオールという成分が入ったクラリセージが、不快な症状を和らげてくれることがあります」
個人差はありますが、悩んでおられる方は、試してみるのもいいでしょう。
武さん自身、今は日々、新たな香りの使いこなし方で生活を楽しんでいます。
「雨の日の満員電車のなかでは、ハンカチにエッセンシャルオイルをたらしておいて香りを嗅いだり。人間の体って面白くて、同じ脳の中の扁桃体を刺激するために、後からきた心地よい刺激に、その前に感じていた不快なストレスが負けることもあるんです。心地よい刺激を嗅覚から与えると、きっといいテンションにつながると思うのですよ」。
行きたくないと思っていた忘年会に、行ってみたらすごく楽しくて、大笑いして、帰ってきたら「行ってよかった」に変わっていた。香りにもそんな役割ができるのではないかと、武さんは考えているそうです。
「食育」という言葉がありますが、武さんは「香育」という言葉を口にしました。
「これから、もっと、香育を浸透させていきたいと思います。小さい頃からアロマと親しみ、天然の香りとともに暮らしてもらいたい。母親でも父親でも、家族の健康のためにアロマの知識を持つ方が各ご家庭に一人いて、みんなの健康に役立つように使ってもらえたら。アロマは臭いを抑える役割だけではなく、子どもの集中力を高めたり、病気を予防したりできますから」
もうひとつ、武さんは香りにできる大きな役割を感じています。
「美容学校で教えていると、人とコミュニケーションを取れない人が増えていることに気づきます。人と人との間に生まれるストレスの解消法がわからなかったり。だから、香りがコミュニケーションのきっかけになったらいいなあと。本当に身近なツールとして、知ってもらえたらいいですね」
香りをきっかけに人と人が向き合い、笑いあい、許しあう。その素敵な時間が、また脳に記憶されていく。そんな繰り返しが世の中を少しずつやさしくしていくように思えてきます。
武 知奈津(たけ ちなつ)
http://www.aromavera.jp/homespa/■JAA認定アロマインストラクター
■ナードアロマテラピー協会認定アロマインストラクター
■AEAJ(日本アロマ環境協会)認定アロマインストラクター
■AEA(日本エステティック業協会)認定講師
■東京ビューティーアート専門学校 専任講師
■鎌倉早見美容芸術専門学校 講師
シンガポール、ハワイにて旅行会社及び大手ブライダル会社にてエステティシャンとして勤務後、アロマテラピーと出会い、アロマインストラクターの資格を取得。都内美容専門学校にて、講師を務める。現在は、企業での出張講座なども行なうとともに、アロマスクールで後進の育成にも力を入れ、心と身体の調和と健康をテーマに、癒しの提供と女性が生き生きと活躍できるサポート活動を行う。
取材・文 森 綾
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
最新著書は、「大阪のおばちゃんの人生が変わるすごい格言一〇〇」
撮影 ヒダキトモコ
https://hidaki.weebly.com