暮らしの中で「香り」ができることはもっともっとありそう。この連載コラムは、新しい「香り」の役割についてもご紹介していきたいと思います。
今回は「睡眠には儀式が必要」という持論をお持ちの国際医療福祉大学大学院医学研究科公衆衛生学専攻疫学・社会医学分野責任者の中田光紀教授にお話を伺いました。
大学だけでなく、日本とアメリカ両方の公的研究機関で「睡眠疫学」の研究されてきた中田光紀先生は、日本人の睡眠に対する考えをもっと変えなければならないと考えておられます。
「日本人は”睡眠貧乏性”ですよね(笑)。真面目な性格で、生活習慣も周囲に合わせがち。そして睡眠に対して不寛容です。『24時間働けますか』なんていうCMのコピーが過去にありましたが、寝ていないことが美徳、と言うような風潮が未だに残っていますよね。昼間に少し仮眠する効果は実験で認められていますが、いまだに『昼寝するなんて怠け者』と思っている人も多いのではないでしょうか」
確かに「寝ないで頑張った」という仕事や勉強への態度は「すごいね」と尊敬されたりします。しかし、この睡眠不足は様々な弊害を体にもたらし、結果として好ましい健康状態が保てなくなります。
「慢性的な睡眠不足は、免疫機能にもダメージを与え、また集中力や創造力の低下など脳の機能にも影響を与えます。メンタル不調や肥満の原因にもなりうるのです」
しかもこの日々の睡眠不足は、貯金のように蓄えられていくと言います。
「いわゆる『睡眠負債』と言うものです。1時間ずつ睡眠不足になっても、一年で365時間ですよ。
米国で行われた、ある実験では健康な人を対象に1日40分の睡眠負債を返済するのに3週間かかったことが報告されています(Dement WC, 2005)。好きなだけ寝る、を3週間やらないと、本来必要な睡眠時間を知ることができないんです」
規則正しい睡眠はやっぱり大事。そのカギとなるのが「睡眠中央時刻」だそうです。
「例えば、平日、毎晩12時に寝て朝6時に起きるとしましょう。そうすると、睡眠中央時刻は夜中の3時。これが週末に夜更かしして午前2時に寝て朝10時に起きたとします。寝溜めできた、なんて思っているかもしれませんが、この場合、睡眠中央時刻は朝6時になります。この例だと平日と休日に3時間ズレてしまうことになります。するとこれは脳が3時間の時差ボケ状態に陥ることになるのです。3時間といえばフィージーくらいかな。週末に体内時計だけフィージーへ行ってきた、って感じです。こうして睡眠中央時間のズレから起こる時差ぼけを『社会的時差ボケ』と呼んでいます」。
社会的時差ぼけの時間数の差が大きければ大きいほど、身体やメンタルに様々悪影響をきたしますので、特に社会的時差ぼけは2時間以上から健康に明確な悪影響をおよぼすことが知られています。働く人々を対象とした我々の調査では、2時間を超える「社会的時差ボケ」状態の人が11.2%を占めていました。また、1時間以上2時間未満の“予備軍“の人は31.3%もおり、これらを合計すると42.5%にも達しました。ですので、平日と休日の中央時刻をできるだけずらさないようにすることが健康を保つためのコツといえます。
睡眠について、私たちは知らなすぎるのかもしれません。
「大人の睡眠不足は、結果として子どもの睡眠不足やペットの睡眠不足にまで繋がってしまうんですよ」。ヨーロッパのある研究では、飼い主と飼い犬の睡眠習慣を調べたところ、飼い主の社会的時差ぼけが大きいほど、飼い犬も社会的時差ぼけになっていることが分かりました(Randler et al., 2015)。犬もとんだ迷惑ですね。
経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本人の睡眠時間は加盟30カ国中、韓国と最下位を争う短さだと言われています。2021年版調査では平均7時22分でした。また、厚生労働省の調査でも、睡眠7時間以下の人は67.7%もいました。
もちろん、なかには睡眠時間が短くても健康な人もいますが、こういう人は睡眠効率が良い人かもしれません。一方、睡眠の取り方が上手な人もいます。こういう人は通勤時間も上手に寝て、昼寝も取っている人かもしれません。ですので、無理にショートスリーパーになろうとする必要はなく、上手に工夫することが肝要と思います。
いろいろな調査によって分かってきたのは、日本人で睡眠に問題を抱えているのは8割以上いるということです。不眠症は4人に一人、睡眠不足は約半数、睡眠時無呼吸も1割弱。。。という具合にそういう人を足していくとこのような数字になります。この数字に社会的時差ぼけや睡眠負債を被る人を足していくと、9割を超えてしまうかもしれません。日本は今や経済大国ではなく、「睡眠危機大国」になってしまったと言っても過言ではありません。
日本人の睡眠意識はかなり遅れているようです。健康に大きく関わっている睡眠。いったいどういう睡眠が良い睡眠と言えるのでしょう。
「睡眠にとって大切なのは、時間、質、リズムの3つです。特に、時間と質に大きな影響を与えるのがリズムです。ちゃんと寝ているはずでもリズムが乱れると、良質の睡眠につながらない。このリズムを大事にするためには睡眠に入る儀式が必要だと思います。皆さんそれぞれでもっていただくと良いと思います」
ちなみに中田先生の睡眠儀式はどんなものなのでしょう。
「寝る1時間前には仕事を終える。自分に合った布団を使うのも大事です。そしてリラックスできる香りを嗅ぐ。ストレッチポールを布団の中に入れて、ゴロゴロ動かして、肩甲骨と背骨を整えます。簡単で続くことがいいですね。毎日でなくても良いので、良いと言われるものを取り入れてみて、自分に合うものを探してください。あとは社会的時差ぼけにならないよう意識しています」
とにかく寝る1時間前には、リラックス。睡眠儀式の一つとして、リラックスできる香りを嗅ぐというのを取り入れてみてはいかがでしょうか。
photo by Yumi Saito
http://www.yumisaitophoto.com/
Text by Aya Mori