侵略された歴史が異文化をたくましく共存させ、独自の美を醸す国、モロッコ。北アフリカに位置するこの国は、地中海世界とアラビック世界をあわせもっています。海があり、砂漠があり、生命力の強い人々が暮らすその場所に、Kaoriさんが魅せられたのが8年前。今は彼の地に3拠点を構え、1年の4分の3を過ごすという彼女は、もはやコスモポリタンな風情が漂っています。
艶やかな小麦色の笑顔のKaoriさんと出会ったのは、横浜のカフェ。kaorisと名付けられた店には、スパイスの香りがそこはかとなく感じられます。集まってくるのは、彼女のレシピのエキゾチックな料理や雑貨集めのセンスに憧れるお客さんたち。
「モロッコの北の方では、どこの家庭でもこの『ビサラ』という乾燥そら豆を潰したスープを煮ます。朝、街中がこのスープの匂いに包まれるんですよ」
乾燥そら豆を水で戻したものを潰し、にんにく、クミン、パプリカで香りつけして、ほんの少し塩を加えただけのスープは、なんとも味わい深く、心身がほっとする味わい。Kaoriさんのそれはニンニクはほんの少しで、きっと現地のものよりもさらに優しいのでしょう。
Kaoriさんのスパイス好きは20代の頃から。
「もともとスパイスの香りが好きだったのですが、最初に旅をし始めた20代の頃はインドが好きで。でも、インドよりモロッコの方が、スパイスの使い方が優しい気がするんです」
一番よく使うのは、クミン。
「レストランに行くと、テーブルの端に、日本では塩胡椒などが並んでいますよね。でも、モロッコではクミン、オリーブオイル、ビネガー。胡椒よりもクミンなんです。塩も海塩や岩塩、料理によっていろんな塩を使います。お茶にも様々なハーブやスパイスを使います。初めて砂漠で食べたタジンの美味しさには本当に感動しました」。
モロッコの代表的なお茶、ミントティーも、スパイスの効いた料理を引き立てます。
実際に、目の前でKaoriさんがお茶を淹れてくれました。
銀のポットに大量の角砂糖を入れ、装飾されたグラスに注ぎながら、香りを立てていきます。
かなり高い位置から注ぎます。
「角砂糖は10個ぐらい淹れたかな。今日は、自家製のミントと、ローズゼラニウムも入れました。砂糖を溶かす意味もあって、何度も注ぎ直すんですね」
注ぎ直すたびに、ミントの香りと甘い湯気がその空間を満たしていきます。その繰り返しを見ているだけで、モロッコにいるような気持ちになれるから不思議。
「ちょっと甘いかな」
そう言われてひと口飲むと、そこまでの甘さを感じないことにさらなる驚きが。まるで気付け薬のように、気持ちもしゃんとするのがまた不思議。
そもそもKaoriさんが8年前にモロッコを訪れたのは、2度目だったそうです。最初に行ったのは20年前のこと。
「最初の訪問では、マラケシュにだけ行ったのですが、入り込めなかったんです。フランス語しか話してくれないし。エキゾチックで良いところだし、スパイスやドライフルーツの使い方は上手だなあと思いましたが、入り込めなくて3日で帰ってきました」
そして、8年前の2度目のモロッコ。実はその1年ほど前に、彼女は大病を患っていました。
「自分のことを顧みず、走り続けてしまった代償でしょうか。その時、腫瘍が見つかり『余命半年』と言われたんです。結局、細胞が入れ替わり、良性になって助かるという奇跡的なことが起こって、命を取り留めました。そのとき、もう1回人生をもらったのだからもう自分のために生きよう、と思ったんです」
妹と旅へ行こうと決めた候補がモロッコかハワイ島でした。
「それで、モロッコにしたんですが、行く1ヶ月前になって、なぜか強烈に行きたくないと思ったんです。でも、妹の分もキャンセル料を払うとすると、すごい金額になるし、それは払えないし。
それで、渋々行きました。後から思えば、人生が大きく変わる転機の前だったから、産みの苦しみのようなものだったのかもしれません」
2回目のモロッコは、大きく手を広げて彼女を迎えてくれたかのようでした。
「異国でありながら安心できて、自分らしくいられる。誰彼なく助け合う人々がいて、接していて心地いい。日本だと、相手が外国人のルックスだと、しげしげと頭の先から足の先まで見たりするでしょう。でも向こうはそういうのはない。多種多様な人々を受け入れる許容量が大きいんです」
マラケシュのような都会だけではなく、彼女を惹きつけたのは「砂漠」でした。
「マラケシュのような都会では、何不自由なくいられますが、ストレスとしては日本にいるのとさほど変わらないかもしれない。でも、砂漠は本当に感動して、楽になれた。砂の治癒力というのがあるらしく、やや不調で行ったのですが、一晩眠れば治っていたんです。その朝、妹が驚いて『鏡見た?』と言うので、鏡を見たら、目の充血や偏頭痛もなくなり、穏やかな顔になっていました。あたりを見回すと、温泉に湯治に来るように1ヶ月くらい、砂漠で砂治療している人もいました」。
今は、その砂漠と、バラの谷、マラケシュとモロッコで3拠点をもって、コーディネーターの仕事もしているKaoriさん。
「マラケシュからバラの谷までは車で6時間。そこから砂漠まで4時間。マラケシュから砂漠まで直行すると9時間。ハードではありますが、それぞれの場所に友達もいて、それぞれの場所で猫も飼っているんです。近所の人が世話をしてくれていて、帰ってみると、猫が増えていたり(笑)。今はすごく良い環境です」
束の間、日本滞在の間は、カフェで料理教室も開催。数日間で100〜150人の人たちが訪れます。
でも、やっぱりモロッコの方が、今の彼女のホームなのでしょう。
「モロッコの空港に降り立つと、ほんのりとそんなスパイスと、お香が混じったような匂いがします。それがとても好きなんです」
アラビックの人たちの誰かの家に遊びに行くと、必ず、こんな儀式があるのだそう。
「お香を焚いて、ひとりひとりに回すという、お迎えの儀式があるんです。白檀が主体のお香が多いですね。それからお茶が供され、カウカウと呼ばれる落花生のようなナッツやお菓子が並びます。その後、食事なんです。どこの家に行っても、その家独自の香りを感じますね」
たくさんの人が様々な暮らしを誰にも邪魔されず生きる街で、空気になじむそんな香りのなかを歩いている。
その香りのなかには、そこに暮らす人たちの息吹も、混じり合っているのです。
photo by Yumi Saito
http://www.yumisaitophoto.com/
Text by Aya Mori