新緑が雨のなかでもみずみずしく香る季節。イラストレーターで家庭菜園&料理愛好家の大橋明子さんは、毎日、まるで話しかけるように緑を育てています。大橋さんは、野菜などの再生栽培を得意とし『ズボラさんの買わない、捨てない ちょこっとガーデニング&レシピ』という本を上梓しました。
捨てていた野菜の根っこからこんなに育つ。大橋さん宅を訪れ、生まれ変わった野菜たちの香りを満喫しました。
東京郊外の一軒家。庭の大きなウッドデッキには、いろんな可愛い野菜たちが新芽を伸ばしています。イラストレーターで、料理愛好家、また国際中医薬膳師の資格もお持ちの大橋明子さんは、野菜の再生栽培を得意としています。前著の『食べて、育てる しあわせ野菜レシピ』は、料理本のアカデミー賞と言われる「グルマン料理本大賞2017」でグランプリを受賞しました。
もともと、大橋さんが家庭菜園を始めたのは25年以上前のこと。
「最初は花でした。それからハーブをやり、野菜へと挑戦していきました。ちょうど雑誌で家庭菜園の連載もやらせてもらうことになり、とにかくやってみようと。うまくいかない、失敗だらけの連載でしたが、それも読者の方には情報になりますよね。長くやっているうちに成功体験も積み上がってきました」
豆苗の再生や、ネギの根っこを水につけておく、といったことは、やったことがある方も多いでしょう。大橋さんは、野菜の皮や乾物(ポップコーンの豆や古くなったトウガラシ)、ブロッコリーの芯など意外なものからも挑戦しています。
しかし、決定的に再生栽培にはまったきっかけは、ジャガイモ、でした。
「生ゴミの堆肥づくりもやっていたのですが、そこに、1センチほどくり抜いた芽のついたジャガイモの皮を放り込んでいたら、その生ゴミ堆肥の中で発芽したんです!こんな条件のなかででも精一杯生きようとしている。なんだかいじらしい感じがして、小さいプランターに入れ替えて、見守っていたんです」
そのまま育てていましたが、ある日、茎から上が枯れてしまいました。
「あら、枯れちゃったわ、と思って、ひっくり返したら、土の中でピンポン玉くらいの小さな芋ができていたんです!地上部が枯れたのは、芋ができましたという合図だったんですね。なんてすごいんだろうと。それを見て、俄然、いろいろやってみようという気持ちが湧いてきたんです。栽培は、買ってきた苗や種からするもの、という固定観念がはずれて、キッチンの野菜が食物から生き物に変化したかのようでした」
それから山芋の皮はどうかなど、大橋さんの能動的な実験栽培が加速していきました。
「意外なものがうまく育ったり。これはいけるだろうと思ったものがダメだったり。普通の栽培をひと通り経験しているので、その経験値はさまざまな判断の助けになります。なるべく食べて、再生栽培に使う部分を最小限にするのもテーマです。試行錯誤して、一つずつの植物の個性と向き合っています」
大橋さんが一つずつ向き合っている植物の個性は、それぞれの命でもあります。
「コロナ禍は特にそうだったけれど、もともとイラストレーターは家でずっと描いている仕事です。だから、土をいじり、植物の一つずつの命と向き合っているのは、メディテーションタイム。エネルギーチャージにもなります」。
若い頃は、グラフィックデザインの事務所に所属し、デザイナーとしての仕事に明け暮れた日々がありました。
デザイナー時代も、頼まれてイラストを描いていた大橋さん。そのつてから仕事が来たり、出版社に売り込みに行ったりしてイラストの仕事を得ました。
「出版社に5件行くと、4件仕事をもらえたんですね。そこでイラストを描いてクレジットが載ると、またそこから問い合わせがあって、仕事が来たり。私は朝早く起きて毎日会社へ行って、っていうよりも、宵っぱりでも自分のペースで描いてという方が向いていたので」
大橋さんは、忙しく働きながら、その仕事のなかで、さまざまな貴重な出会いに恵まれたと言います。
「『きくち体操』の本のお仕事で、菊池和子先生とお会いしたのは、すごく大きな学びになりました。その当時、私はふくらはぎが太いのを気にしていて、先生に『脂肪吸引しようかと思っているんです』なんて言っちゃったんです。そうしたら『そんなことしたら、歳をとって歩けなくなるわよ』と言われて。今は本当にやらなくてよかったと思っています。そのとき、先生に『持ち物とか、こんなことをやっているとか、関係ないの。あなたのこの身体が、あなたなのよ』と言われたんです」
身体の大切さ。心のあり方の大切さ。その言葉が、大橋さんが本格的に薬膳を学ぼうと思ったことにもつながっていると言います。
「薬膳も、人間の体を丸ごと考えるものです。アラフィフで、何か新しいことをインプットしたいと思っていたし、中医学の考え方や、体のこと全体を体系的に学びたかったから、ちゃんとした学校へ行って、勉強しました。ちょうど更年期障害もひどい時期があって、漢方が効いたというのもありました。仕事にしようというよりは、日々の自分をもっと知る手掛かりを求めていたんです。自分を診断して、今日食べるものを決める。役に立っていますよ」
大橋さんは、自分で学んで、経験してどうだったか、ということしか知識ではないと感じています。
「テキストを暗記すれば資格試験には受かるでしょう。でも、自分で試してみてどうだったか。それを人にアウトプットしてみてどんな反響があったか。そういうふうに自分で経験したことしか価値がないと思うんです。野菜づくりも同様で、失敗の経験の数だけ、コツがわかってきます」。
この日、大橋さんは再生栽培でできた野菜で、二つの料理をご用意してくださいました。
一つ目は、小松菜とよもぎのケーキ。
「小松菜は、再生栽培にもっともおすすめの野菜です。冬野菜のイメージですが、ほぼ通年育てられます。根っこがついた小松菜を買ったら、根本から5センチ切り、切りおとした部分を半日水につけて、土に植えます。小さい柔らかい葉っぱが育ちます。今日はその小松菜とヨモギをペーストにして、スポンジケーキを焼き、一部を砕いてふわふわに飾ったもの。焼きたてはヨモギの香りが部屋いっぱいに広がります。ハーブの女王・ヨモギは、春先より初夏の方が香りが強く、初心者にも摘みやすいです」
緑がもふもふのケーキは、とても優しいよもぎの香り。ケーキで野菜が食べられるというヘルシーさも魅力です。間に挟んだバタークリームがとても合います。
二つ目は、玉ねぎのキッシュ。
「玉ねぎにはクリームチーズが合いますね。混ぜ込まずにポンポンと入れるのがポイント。ランチの代わりになるキッシュです」
タルトっぽいサクサクの生地に、甘みのあるしっとり玉ねぎが好相性。どちらも美味しい一皿でした。
部屋の中にも、水栽培の野菜たちが。再生のかわいらしい芽吹きは、次の人生をどう生きようかというエネルギーにあふれているようでした。
大橋さんの身体と心を大事にする生活は、そんなエネルギーにまた触発されているのでしょう。
『ズボラさんの 買わない、捨てない ちょこっとガーデニング&レシピ』
大橋明子著
集英社インターナショナル刊
photo by Yumi Saito
http://www.yumisaitophoto.com/
Text by Aya Mori