最近、手紙を書いていますか。
俳優の手塚真生さんは、毎日4~5通書くという、大の手紙好き。
たくさん書くと腱鞘炎になって、そのために万年筆を使い始めました。
手紙が伝える日々の想いは、万年筆のインクの香りとともにあります。
手塚真生さんは、いつもすぐに手紙を出せるセットを持ち歩いています。ファイルのなかには便箋、封筒、葉書、細い両面テープ、オリジナルのデザインの切手、小さな下敷きも。
「この下敷きは、紙に手の油分がつくとインクがにじんでしまうことがあるので、それをガードするために使っています。1日、4〜5通は書くかな。夜寝る前にも一通書きますね」
しかし、アドレス帳は入っていません。
「憶えているんです。友達のアドレスはだいたい記憶しています」
いつから始まったのか、自分では意識していなかった手紙ぐせ。なんと先日、高校時代の友達にこう言われたとか。
「友達に『そういえば真生ちゃんは授業が終わるごとに一通、手紙をくれたね』と言われて、ああそうだったのか、と。今、手紙を宛てる友達は数人いますが『4通、同時に届いたけど、どれから読めばいいかな』と言われるくらい(笑)」
手紙だけではなく、読んでほしいと思う本を送ることも多いそう。
「小包を送るのも好きで、3センチのものだとポスト投函できるじゃないですか。だいたい、親指の第一関節までが3センチなのでそれで判断するんですが、ちゃんと計りたくて、家には絶対曲がらない板で3センチの横穴を開けたものを置いています」
パソコンではなく、手書き。肉筆への思い入れが深いのです。
日々、手紙をたくさん書いていた手塚さんは、あるとき、腱鞘炎になってしまいました。
「それでいろいろ調べたら、ボールペンは紙に書くときにペン先にあるボールが回らないとインクが出ないのですが、紙にまっすぐ当てるために手首を回していたようです。たくさん書くには万年筆がいいということがわかったんです。期待を膨らませて手に入れたのですが、なんだか書き心地が悪い。それで、買ったところへ『不良品ですか』ともって行ったら『どこも悪くないです。書き味が好みじゃないならペンドクターにみてもらった方がいい』と言われて」
手塚さんはペンドクターの宍倉潔子(TONO&LIMS)さんと出会いました。
「彼女は3秒くらいで私の万年筆に魔法をかけてくれました。ペン先の開き、角度を調整してくれて、あっという間に好みの書き味になったんです。私は紙に対して寝かせて書くので、角度が合っていなかったようです」
紙に対してどんな角度で文字を書いているか、なかなか意識している人は少ないでしょう。これはもう千差万別。
「フランスには『万年筆と女房は人に貸すな』という諺があるくらい。どちらもじっくり時間をかけて大切にしなさいという意味ですが、万年筆は人に貸すとその人の書き方でペン先の調子が悪くなってしまったりとか…」
ちなみに手塚さんが特に愛用しているのは、国産ならパイロットか、中屋万年筆。
「中屋万年筆は漆が手に吸い付いて気持ちがいい。パイロットは漢字がきれいに書きやすい。私はとにかくを手紙を書きたくて選んでいます。メーカーを問わず、ペン先からどばどばインクが出て塗るように書くのが好きなので、調整してもらっています」
ペン先はさまざまに調節できるものなのです。
「ペン先をふわふわにして雲の上のように書けるようにしてもらったり、私が使っている万年筆はそれぞれ好みの書き味に調整してもらっています」
最近は、専門店でのイベントでトークショーなどにも呼ばれるようになったという手塚さん。
どのくらいの数をお持ちなのか、尋ねると、笑ってこう答えました。
「途中で怖くなって数えるのはやめました。持っている数は秘密です!」
万年筆にこだわるうち、もちろんインクにもこだわりが生まれます。
「インクは10周回って、ペリカンのロイヤルブルーとモンブランのロイヤルブルー。出かける時はインクを満タンにしていきます。途中で書けなくなると嫌だから」
近年、インクにも香りがついているものがあるのだそう。
「お気に入りのインクに、ウィスキーの香りがついたものがあります。花の香りとか、いろんな香り付きのインクが出ているので試しましたが、残っている時と消えちゃう時がありますね。便箋の裏側に香水をさっとふる方が香りが残ると思います。封筒を開けたとき、いい香りがするように」。
手紙大好きが高じて、活字も大好きだという手塚さん。
とりわけ『須賀敦子の手紙』という本は、本自体と常に一緒にいたくて「ブックキャリー」を手に入れました。
「アメリカの通販サイトで、本を持ち歩けるこのストラップが売られていて。買ってしまいました。本体よりも送料が高かったのですが」
肩からかける刺繍入りのストラップは、ギターのストラップとはまた違うフェミニンなもの。
華奢な手塚さんの肩にもよく似合います。
「好きな作家さんの新刊も発売日にほしいタイプ」。俳優として、脚本とはどう付き合っているのでしょう。
「脚本は最初、物語として読んでしまいますね。『あ、ここ、私の出番だ』と後で気づいたり(笑)。ここまで憶えたら一通手紙を書いていいこと、と決めて読んでいます」
どこまでも手紙を書くのが好きな手塚さん。
「会いたい人には会いに行きますよ。それでまた、手紙を書く。『明日死ぬ』が、座右の銘です」
きちんときれいにペンケースに揃った万年筆が、まるで職人の道具のように生き生きと見えました。
いい香りのする手紙は、いい香りのする日々から生まれるのでしょう。
photo by Yumi Saito
http://www.yumisaitophoto.com/
Text by Aya Mori