翌日、朝ごはんを食べて、昼前に海にいくことになった。
赤い浮き輪をぱんぱんに膨らませてもらい、母の作ってくれたビキニを来て、私は父と海へ行った。
「海水浴はみなべのほうまでいかんと」
宮戸のおばちゃんがそんなことを言ったのをなんとなく聞きながら、私は父についていった。
どのくらい歩いたのだろう。海辺は岩ばかりだった。
「ほら、海や」
父の背よりも高い波が、ワッシャー、と打ち寄せていた。水の色は黒青く、引いていくのを見るのすら怖かった。波頭は白く、黒い岩に打ち付ける度に、泡になる。まるで岩すら壊しそうだ。
「ここは泳がれへん」
と、父は静かに言った。
「な、せっかくおかあさんが水着着せてくれたから、写真撮って帰ろう」
父は最初からわかっていたのだ。ここは太平洋の荒波の海岸だということを。わかっていて、騙して、ここに連れてきたのだ。…私は生まれて初めて、痛烈な怒りを覚えた。嘘やん。泳げるっていうたやん。いや、誰も最初から「泳げる」とは言わなかったのだ。でも私は泳げない海などないと思っていたのだった。
「おっきな海やろ。ここがいなかや。ここがふるさとや」
父は諭すように言った。そんなやさしい言い方をする父も初めてだった。私は腹が立ったまま、少し悲しくなった。でも、涙が出るほどではなかった。なんとも言えない、複雑な気持ちだった。人は理不尽なものだ。理不尽、という言葉などもちろん知らない私は、そのなんともいえない気持ちをまた心に刻んだ。
黙って、父が言うように手を振ってみせたりして、写真を撮った。
怒りが、がっかりに変わっていった。
潮の香りが全身にしみこむと同時に、自分のなかに初めての感情が寄せては返していった。
「泳げんかったでしょ」
うちに戻ると、宮戸のおばちゃんが言った。私は父を睨み、黙りこくっていた。