《3》
マンションの扉を開けると同時に、メールの着信音が鳴った。
消息を絶って2週間経つ、あの下谷一夫からだった。
麻子の疲れ切ってオフになっていた体に突然スィッチが入り、部屋の電気もつけないまま、一度、深呼吸をして、そのメールを開いた。
「麻子
ごめんな。いろいろ迷惑をかけただろうと思います。
今、フィリピンにいます。
もう日本には帰らないと思う。
ユッキーも贅沢を知らない時代の子やから、
なんかこっちの暮らしが向いてるみたい。
いろいろ落ち着いたら、お金のことはちゃんとせなあかんと思ってます。
ここでビジネスを考えています。
本当にすみません。
君はええ女やから、きっとすぐにいい男が見つかるはず。
体に気をつけてがんばってください。
このメルアドはこれで停止します」
麻子はフローリングの上にへたり込んで、そのメールを何度も繰り返して読んだ。ボロボロと涙があふれて、そのうちわあわあと子どものように泣いた。まるで、缶を開ける前に振った炭酸のように、わあわあと感情があふれてきたのだった。
「何言うてんのん。ええかげんにしいや。こんなんいやや。もういやや」
泣きながら、わめいた。一人暮らしでよかった、と思った。
書かれている内容への腹立たしさの理由をいちいち考えた。
…ユッキーって、連れていったあの女。贅沢を知らない時代って、私が贅沢やとでも言うのん。何がええ女や。そんな慰めはいらんわ。…
何よりも麻子を傷つけたのは、そこでもう彼に返信もできないようになってしまったという事実だった。
…もう、一夫と自分をつなぐものは何もない。
そのまま、泣き疲れ、ダイニングテーブルにもたれかかって床の上で眠ってしまった。左肩が痛くて目が覚め、シャワーをしてベッドに入ったが、朝まで一睡もできなかった。
半睡状態のまま、目をつぶり、いろんなことを考えた。
…私は一夫の何が好きやったんやろう。読者モデルみたいなルックスか?芸能人と同じタワーマンションか?紺色のポルシェか?…
考えれば考えるほど、自分が薄っぺらい女に思えてきた。そしてあやうく、仕事のすべてを失いそうになったことも。
…なんだかんだ言って、東田部長は私を助けてくれたのだ。
…みんな親切だ。でも心の底では「アホな女やなあ」と思っているかもしれないけど。
夜が白々と明けていくのを、まぶたの向こうに感じながら、麻子はこのまま死んでしまえたらいいのにとも思った。
…いや、それもカッコ悪い。あんな男のために死ぬことなんかあらへん。
麻子は起き上がると、そうだ、昼前にあの笑い屋のおばちゃんのところへ行ってみよう、と思った。なんだかむしょうに、笑い飛ばしてほしかった。一夫のことも、自分のことも。