NYに暮らしてもうじき10年目。ブルックリンライフは6年目になろうとしています。
大江さんはこのエネルギッシュな街から、常に生きている実感をもらっていると言います。
「東京はどこか整然としていて、どちらかというと無臭というイメージがあります。僕が今住んでいるブルックリンは、いろんな国からきている人たちのごった煮で、様々な暮らしがミックスされている「匂い」があります。メキシコ人、中国人、インド人、そしてヒーブルと呼ばれるユダヤ人などが入り混じり…。それぞれの人たちが使う様々な生活のスパイス。自然の緑の萌えるような香り。ゴミの匂い、そんな様々が入り混じっています。その清濁あわせもった匂いが、この街のエネルギー。生きている匂いだと感じるんです」
我が家にPEACEというミニチュアダックスがいる大江さん。通称「ぴちゃん」と呼ばれる犬とは、アメリカ本土ならばどこへでも一緒に飛行機で旅をするほど。
「日本に帰って来るときは、ぴちゃんはNYの友達の家に預けて来るんですが、ブルックリンに帰って家のドアを開けると、まだ友達のところにいるのでそこに彼女はいないはずなのに、なぜか「匂い」がするんです。だからぴちゃんの匂いは僕の生活の匂いの一部分なのかも。ただ、うちでリハをやる時、特に女性のミュージシャンが来るときは、空気を入れ替えてお香を焚いたりします。以前、ローアーイーストサイドのインド街で買ったお香のコーンをつけたら、ものすごい勢いの煙で、部屋中がモウモウになったことがありましたけど(笑)」
好きな香りは、和物。
「僕が好きな香りは白檀、金木犀。どこか懐かしい記憶が呼び覚まされるのかもしれませんね。 子どもの頃、お寺や神社で嗅いだ白檀の香りは、神秘的だった。あのお堂の奥に何があるんだろうって。金木犀の香る頃の、だんだん長袖になっていく感じも切なくて懐かしい。やっぱり香りは和物が好きなのかな」
気分転換や体調を整えたいときにも、香りを使うそう。
「香りひとつで体調が変わったりしますから。スウェーデンマッサージの先生がセッションを始める前にまずラベンダーの香りをかがせてくれるのだけれど、それだけですっかりリラックスしてしまい、もうマッサージは必要ないかなとさえ思ったことがあります(笑)。ちょっといらいらしたときにカモミールの香りを嗅ぐと、まあいいや、と思えたり」
自身では香水は使わない派。
「若い頃はつけていたけど、僕はどうもつけすぎる傾向があって。敢えて今は無臭を心がけています。自然と立ち上がる人間臭も魅力のひとつかな、と思って」
今年はジャズピアニストとなって4枚目のアルバム『answer july』が発売され、日本での活動も盛んに。大江さんが作った楽曲を東海岸で活躍するジャズ・シンガーたちが歌う初のボーカルアルバムです。
「多くの東海岸のシンガーがレジェンドと慕うシーラ・ジョーダンをアイコンに、 彼女の元に集まるシンガーたちと一緒に一枚のボーカルアルバムを作ろうと思ったんです。シーラとの出会いは、2003年の東京ジャズ。『Spooky Hotel』というアルバムを引っさげてビッグバンドで帰国した時、ゲストにシーラが参加してくれたんですね。そのあとNYに帰ってから、マンハッタンにオープンしたばかりの北海道のロイズのチョコレートを持ってご自宅にお礼に行ったんです。その時勢いに任せ、あなたをアイコンにしたアルバムを作りたいと言ったんです」
シーラ・ジョーダンは快くOKし、大江さんに二つの言葉をかけてくれました。
「たくさんのポップスミュージシャンがジャズを目指すけれど、あなたは『音楽に愛されている人だから』。そうして『私があなたが思うように歌えなかったら、その時は正直にいつでもクビにすることを約束して』と」。
そこからは一気に4〜5曲作ったという大江さん。ベッカ・スティーヴンス、ローレン・キンハンといったシンガーソングジャズボーカリストたち、他にも主要な曲の作詞にジョン・ヘンドリックスを迎え、トータルで8曲入りのアルバムが完成しました。日本盤のみ、NYを拠点に活動する日本人ジャズボーカリスト、平麻美子が歌う『KUMAMOTO』が追加されています。
でも大江さん自身の歌声はもう聴くことができないのでしょうか。
「自分では歌っていないけれど、全身で歌いながらピアノを弾いていますよ。だから、歌のタイミングを分け合いながら、シンガーと一緒に二人羽織のように演奏しているんだと思います」
この秋はシリコンバレーでの公演の後、10月末から11月頭にかけて、日本でのツアーが始まります。
「あ、そういえば、千ちゃんだと思い出してくださるファンの方にもぜひ聴いてもらいたいし、ジャズファンにも納得してもらえるアルバムだと思います。是非、聴きにいらしてください。」
サービス精神とユーモアにあふれたトークも健在。ピアノで歌う大江千里さんがますます楽しみです。
大江千里プロフィール
1960年大阪府生まれ。83年にシンガーソングライターとしてデビュー、2007年末までに45枚のシングルと18枚のオリジナルアルバムを発表している。 「十人十色」「あいたい」「格好悪いふられ方」「ありがとう」などのシングル曲がヒット。作詞・作曲・編曲家としても、松田聖子・光GENJI・渡辺美里らアーティストに数多くの楽曲を提供、プロデュースも手がけている。2008年、日本での音楽活動を休業し、NYへ。その後も楽曲提供など、アーティストとしての活動は継続している。2012年、ジャズピアニストとしてデビュー。『BOYS MATURE SLOW』を始め、今年の『 answer july』まで4枚のアルバムをリリースしている。
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
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撮影 ヒダキトモコ https://hidaki.weebly.com/