ここ数年は、松本さん自身のピアニストとしての演奏活動もたくさん行うようになりました。
日本のあちらこちらで、彼のピアノを待つ人たちが増えています。
「先日、ライブで青森に行きました。アンコールで何曲か、『みなさんへのクリスマスプレゼントです』と言って、クリスマスソングを弾きました。そうしたら終演後、長靴を履いたおばあさんが『忘れてましたあ、この雰囲気』と、声をかけてくださいました。『この歳になったら、誰もクリスマスプレゼントなんかくれないんですよ。素敵なクリスマスプレゼント、ありがとうございます』って」
そういうエピソードを語りながら松本さんは、ちょっと目を潤ませているようでした。
「単に作曲だけしていたら、直にお客様と会うことはないですから。ライブは出会いです。お客様ひとりひとりとお会いできる。それがとても嬉しいのです」
2月13日は東京・渋谷JZ Bratでのバレンタイン・コンサートが。
「またみなさんにお会いできるのが本当に楽しみです」
現在は、東京とロンドンを行き来する生活の松本さん。邸宅のバックヤードにハーブがたくさんあるそう。
「ロンドンの家々は日本の古民家のように必ずと言っていいほど庭があります。そこで育てたラベンダーをドライにして家のなかに置いておくと、いい香りがします。あの街は本当に緑が多くて『キューガーデン』という庭園は、年中、どこかで花が咲いていたり」
緑の香り。花の香り。松本さんは香りと音楽はとても似ていると感じています。
「音も香りも、聞いたり香ったりした瞬間に、時空を超えてそこに戻れるでしょう。そのときの部屋の雰囲気、一緒にいた友達の顔、そういうものをぱっと思い出すことができる。音楽もね、僕にとっては1曲のなかにそれを録音した雰囲気が詰まっているんですよね。そして、音も香りもそれがなきゃ生きていけないというものではない。けれどもそれらがあることによって、より人生は豊かになるものです。だからいつか、音と香りを同時に味わえるようなライブをやってみたいです」
味わい、豊かさ。音と香り、その見えないもののなかにあるふくよかな時間を、もっともっと大事にしたい。松本さんの言葉には透明感のあるやさしい音が流れているようでした。
松本俊明(まつもと・としあき)
作曲家・ピアニストとして国内外を問わず、幅広いジャンルのアーティストに数多くの作品を提供。その洗練された力強いメロディーは高い評価を受けている。クラシックをベースに持ちながらそのポップ感覚あふれる幅広い音楽性から生まれる、洋楽と邦楽の絶妙なエッセンス・バランスを生かした旋律は、優しく、温かく、哀愁漂い、渇いた心を潤してくれる。作曲家としては、MISIAの「忘れない日々」、「Everything」、「果てなく続くストーリー」、AIの「One」やCrystal Kay×CHEMISTRYの「Two As One」をはじめ大山百合香「光あるもの」(NHK–BS『関口知宏の中国鉄道大紀行』テーマ曲)、松下奈緒「Moonshine~月あかり~」(アニメーション映画『ピアノの森』主題歌)が高い評価を受けている。2010年にJUJUの「この夜を止めてよ」で着うたフルチャートで1位を獲得。その後もジャンルにとらわれることなくAKB48や、パク・ヨンハなど有名K-POPアーティストなどにも作品を提供している。著作にロンドンで出会った光景を元にしたショート・ストーリー『hope』(ポプラ社)や絵本『グラスホッパー物語』(ニコワークス)がある。
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
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撮影 ヒダキトモコ
https://hidaki.weebly.com/