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    第200回:林家たい平さん(落語家)

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《2》落語が本来持っている優しさが伝わらなければ意味がない。

 林家たい平さんは秩父の出身。父親はテーラー。地元でご両親は仕立て屋さんを営んでいました。

「両親は仕事で忙しかったです。家の前に独身寮みたいなアパートがあって、そこの人たちはうちへ来て夕方ご飯を食べてたし。僕は学校から帰ってくると、後藤さんというパーマ屋さんに預かってもらって、そこの高校生のえっちゃんというおねえさんに宿題を診てもらったり、後藤さんのお父さんが帰ってくるとお風呂に入れてもらって、黄緑のバスクリンがたっぷり入った湯船にね。眠そうになったらうちへ戻されて、今度寝かしつけてくれるのは、前のアパートのりょうちゃんという人。耳そうじまでしてくれて『あっくん、寝たよ』って。うちの母が『ありがとう。りょうちゃん、お酒飲んでいきなよ』と。本当に落語に出てくる長屋みたいで。周りの人が僕を育ててくれていましたし、それがいやじゃなかった。ご近所の大きな愛情に包まれて育ったので、ひねくれることもなく。親の愛情がいろんなところに反映されて僕のところへ返ってくる。そういうことがわかっていたから、寂しさもひとつもなく、いろんな人に可愛がってもらいました」

 まさに『笑点』メンバーのような家族感。すくすくと育った、たい平少年は、学校の先生になりたいと思いました。

「担任の先生が『教師になりたかったら、最後はオレのような道も残されてるぞ』とお膳立てしてくれたのが美大でした。それで武蔵野美術大学造形学部に入学し、アドバタイジング・デザインを学びました。バブル前夜だったので、パルコや西武百貨店の広告がきらびやかで、デザイナーに憧れましたよ。今は趣味程度に絵を描くぐらいですが」

 与えられる課題に明け暮れていた大学時代。煮詰まっていたある日、たい平さんはラジオから流れてくる落語を聞いたのでした。

「五代目柳家小さん師匠の『粗忽長屋』という噺が流れて来たんです。それが古臭いものじゃなくて、面白い。ちょうど星新一が好きだった頃だったので、それに匹敵する面白さがあって。そこから落語にのめり込みました。大学3年でした」

 しかし、そこでたい平さんはこう思ったそうです。

「普通の人は落語家になれない。自分はあまりにも普通だ」。そこで、旅に出ることにしたのです。

「当時、寄席に行くと、お客さんは一人か二人。好きだけど、そんな普通じゃない世界に向いてるのか。それを見極めようと、着物を着て旅に出ました。東北の人は優しいと思い、『奥の細道』を辿ってみることにしました。下手くそな落語を覚えて聴いてもらおうと。でも、最初の5日間は、変な目で見られるだけだった。6日目から市役所で電話を聞いて高齢者施設へ行ったり、湯治している人たちのところへ行きました。逃げ道をつくらず、自分を追い込む。それでもやめたくないと思ったら本物だ、と思ったんです」

 その段階では、憶えていた落語は2席だけ。

「いろんなところで落語を聴いてもらいました。『落語と出会ってもらいたい』という使命感に駆られていましたね。でも、やっているうちに、笑わせに来てるだけなのに『楽しかった!』『元気になれた』と喜んで笑顔をもらえるんですよ。こんなにいい仕事はないと思いました」

 その気持ちは今も変わらないそう。

「落語をすることでこんなに喜んでもらえるんだ、という幸せは今もあります。そして、初めて落語をラジオから聴いたときの気持ちも変わらない。こんなに面白いものに、もっと早く出会いたかったと思ったし、たくさんの人に僕のように落語に出会ってほしいとも思いました。だからなるべく初めて聞く人に落語を広めたいんです」

 初めて落語を聞く人に、面白さを知ってほしい。その想いは、たい平さんが落語を演じる姿勢、手法にもつながっています。

「あまりにも古語過ぎて通じないなと思う言葉は言い換えます。それに、古い時代に作られたものですから、圧倒的に男目線な噺もあります。夫が妻を殴ったり、怒鳴ったりするシーンがある噺も。それを女性が聴いたときに、気持ちが悪くなってしまったら元も子もない。心を休めるために来てもらうのに、イヤな思いをさせてしまったら申し訳ない。落語が本来持っている優しさが伝わらなければ意味がない。だから、物語に入ってもらうために、そこは今を取り込む作業をしていきたいんです。一人でも多くの人が楽しめるように」。

《3》オーケストラをバックに『青雲』をうたう。内緒で練習、風呂場で1時間

 広く、多くの人の心へ。落語をそう伝えるたい平さんは『青雲』の歌が大好き。ひょんなことから、オーケストラをバックにうたうことになりました。

「実はその前に社内の方々がうたうイベントがあって、そのときに、僕が突然指導役をかって出たことがあったんです。最初は小さな声で恥ずかしそうに歌っていた皆さんが、最後は大きな声で明るくうたってくれました。それを見ていた方が、抜擢してくださったようで。いやー、緊張しましたよ。カラオケなら何十回でもうたい直せるけれど、オーケストラですから、二回くらいで決めないといけないだろうと。また、指揮者が山田さんという人で『(山田隆夫さんと同じ)山田さんか〜と、思いながら(笑)。味わったことのない緊張感のなかで、夢のような時間でした」

 晴れ晴れとうたいきったたい平さん。実は映像ではアニメの後ろに声だけが流れる予定でしたが「実際にうたっているところを撮ってあるなら、そのまま流したら」ということになり、熱唱の様子もオンエアされたのでした。

「歌詞の意味を理解してしっかりうたうことが大切だと思い、内緒で練習を重ねました。夜になると、うちの風呂から『青雲』の歌が1時間近く聴こえていたらしいです(笑)」

 この取材終わりで、エレベーターに乗り込んで扉が閉まるまで、高らかに『青雲』の歌が響いていたことは言うまでもありません。

林家たい平さん

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