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    第216回:渡辺えりさん(俳優、劇作家、演出家)

《4》コロナ禍。自分が本当に大事なものは芝居だとわかった

 渡辺さんに演劇を続けるパワーの源はと尋ねると「怒り」という言葉が返ってきました。

「怒り。世の中が平和にならない。差別がなくならない。核兵器がなくならない。どうやっても、もう目の黒いうちに戦争がなくなると思っていたのに。そういう怒り。だからテーマはずっと、反戦。フェミニズム。誰かが誰かの犠牲になるっていうことがないように、みんな平等に自由に考えを入れて、好きなことができる世の中にしたいというふうにずっと思いながら劇団を立ち上げ、今日に至りますから」

 彼女は『りぼん』を書いたときにも戦後、アメリカ兵との間に生まれ、悲惨な末路を辿った子どもたちの歴史の取材を重ねました。10何年前、ガザ地区の人たちを招いたこともありました。

「その人たちもまた酷いことになっている。なぜ悲劇が繰り返されるのか。そういう怒りと悲しみと寂しさです。なんだか、世の中、強いものがいい、お金が一番見たいな風潮がまた出てきている気がしますよね。芝居をやり続けて求めていくしかないのかな、と思うんです」

 やっぱり演劇だという思いは、コロナ禍でさらに強くなったと言います。

「コロナのときに、中止の芝居が多くなり劇場がみんな空いてしまった。劇場側に少人数の簡単なセットの芝居をやって欲しいと依頼されて、二人芝居を二本、リーディングを一本、そして他の劇団の出演一本と4本やれたんですよ。それで、事務所を辞めて、やっぱり自分の原点に帰ろうと。コロナがなかったら、そのまま他の仕事を慌ただしく続けていたと思います。でもその時、自分の本当に大事なものに気づかされたんです。2ヶ月間、朝の9時から夜の11時まで毎日芝居漬けだった。それが楽しくて、これだ!と思って。自分が好きなものをやろうと」

 前から代表をしていたオフィス3〇〇を渡辺えり事務所として再編して、ますますがっつりと芝居に打ち込む渡辺さん。さまざまな役どころ、さまざまな人物を演じ分ける凄みは、渡辺さんの引き出しの多さとも言えるのでしょうか。そう尋ねると、あっさり否定されました。

「引き出しではないですね。波乃久里子さんを初め芸達者な方は多くおられますが、私は引き出しではやらずにいつも想像力と実体験を合わせた演技を心がけています。でも、自分が体験してきたことだけではできない。ずっと演出、演出でやってきていますね。例えば勝負師の役なら勝負をやんなくちゃいけないのか、人殺しの役は人殺しをしなくちゃいけないのか、そんなことはないですもんね。想像力でやるようにというのが、私の演出なので。それはずっと劇団でも言ってきたし、私自身もそうしています。自分が体験したかすかなことを膨らませて。子どもの頃からそういう子だったから、52年間続けて来られているのかな」。

渡辺えりさん

《5》雪解け水に花の匂いが混じる、雪深い故郷の春の香り

 『りぼん』は、1月22日から渡辺さんの故郷にある山形市民会館でも公演されます。渡辺さんの子どもの頃の思い出を伺いました。

「私は子どもの頃から映画が好きでした。まだ2~3歳の頃から、母が車で40分かけて七日町の宝塚劇場という映画館に連れていってくれるんですけど、車酔いをする子で、いつも吐いちゃう。でも同時に、そこはいつもお茶を煎る香りがするんですよ。お茶を煎るいい香りがすると、条件反射で吐いちゃう。でも、その香りは大好きな映画館の香りでもあるわけです。テレビもない時代で、大人たちが立っていて、その間から、ちっちゃいから声しか聞こえない。それで、見えない画面を想像して、自分でストーリーを作るようになった」

 2歳のとき、初めて観た映画は『赤い靴』。

「イギリス映画で初めての総天然色映画だったんです。主人公は踊りたいがために結婚を断り、最後は鉄道自殺してしまう。女性が本当にやりたいことをやるのは本当に大変なことなんだなと。最初はそのバレリーナに憧れたんです。でも通えなくて断念しました。高校2年生のときにやっとバレエを習うことができて、それで演劇の道に進もうと思いました。幼い頃からずっとバレエをやっていたら、そっちの道に進んでいたかもしれません。『赤い靴』は、その後、同じ題名の芝居を書いてスズナリでやりました」

 その後の人生に大きく影響した映画館とお茶の香り。山形の思い出の香りはそれだけではありません。

「春の香りですね。雪深いところでしたから、雪解け水が溶けて、流れてくる。その香りがすごいんですよ。春が来た、と、それを嗅ぐと思いました。ずっとあの匂いは好きですね。今、東京にはそんな匂いはないですから。山形に帰ると、その匂いを探しますね。花の香りが雪解け水に混じっている、あの匂いです」

 花の香りが雪解け水に混じっている。その匂いを思い出した渡辺さんの顔が、少女のような笑顔になりました。雪解け水のように純粋な心は、まだまだ演劇に注がれていくことでしょう。

渡辺えりさん

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渡辺えりさん古稀公演 オフィシャルサイト
https://office300.co.jp/kokikinen.html

江戸糸あやつり人形結城座
「渡辺えり版 星の王子さま」公演情報はこちら
https://youkiza.jp/archives/12105


取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com

撮影協力 三越劇場
https://mitsukoshi.mistore.jp/bunka/theater/info.html


2024.7.31 written by 森綾
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