ボサノヴァを歌い始めると、いきいきと頭角を表し始めた小野さん。
「60年代半ばにセルジオ・メンデスの曲が世界的にヒットしたり、渡辺貞夫さんがボサノヴァを日本に広めたりという動きはありました。私自身が世の中にもボサノヴァというジャンルが広がり始めたなと感じたのは、1980年代後半あたりから。『ワールドミュージック』が日本にたくさん入ってくるようになった頃でした」
コマーシャルソングの仕事の依頼が来始めた。それもポルトガル語で歌ってほしいという。
「コマーシャルソングはたくさん歌いましたね。私はずっとジャズのライブハウスで歌っていたんです。女性の常連さんやジャズ好きの方が来てくださっていました。が、ある日突然、まったくその店には来たこともないお客さんたちが、階段まで行列をつくるほどになったんです」
サッポロのワイン、ポレールのCMでは、画面に小野リサさん自身も現れた。
「日本人が歌ってたんだ、とびっくりされたようです(笑)」
ブラジル生まれでポルトガル語はネイティブであり、現地でボサノヴァがしみている感覚が、聴き手に“日本人が歌っている”という意識を忘れさせたのだろう。そのときの『星の散歩』という曲はシングルカットもされ、ヒットした。
